大阪国際空港・神戸空港との関係については、関西三空港の経緯と現状を参照
1960年代、航続距離・発着能力・利用者数など航空需要の拡大が当時想定されていたなか、拡張余地の乏しい大阪国際空港のみでは需要に対処できないという想定のもと、「関西第二空港」の建設が提起された。[7]また、1963年、総理府内近畿圏整備本部から提出された「大阪国際空港拡張整備と第2国際空港建設」計画が閣議了承された。
「関西第二空港」は、大阪南港沖・神戸沖・明石沖・淡路島・泉州沖などの予定地から泉州沖が建設地に選定された。1987年、515 haの人工島とターミナルビル1棟、滑走路1本の建設を含む第一期工事が着工された。空港島の建設予定地が大水深及び軟弱な地盤であることは、当時から認識はあったものの、同規模・同様の環境での埋立を短期間に造成した事例がなかった。[8]埋立地の地盤沈下に対してその対策に大きな懸念があったが、現在までに沈下量は年々収束している[9]。ターミナル前を横切るフィンエアーのMD-11型機。後ろは手前からコンチネンタル航空機(尾翼のみ見える)・KLMオランダ航空機・マレーシア航空機
関西国際空港の建設費は当初の想定を大幅に上回るものであった。
騒音対策のため沿岸から5 km離れた水深の深い海の埋め立てとなったこと(近年の航空機の騒音の程度を勘案すると、海岸から3 km程度の距離で十分であるにもかかわらず[10]、1974年に決定された空港の位置(沖合い5 km)で建設してしまった。一期島工事のみならず、下記の二期工事においても、より安価に済む陸に近い側を埋め立てる案は採用されなかった)
建設費用の管理の甘さ[11]
地元漁師などへの「漁業既得権」への補償額が当初想定を大幅に上回ったこと(漁業補償〈補償金・協力金・見舞金・生活安定対策費とも〉として、大阪府漁連に250億円、兵庫県漁連に323億円、和歌山県漁連に39億円が支払われた[12]。加えて、大阪府漁連は"操業権"なる権利を主張した[13]。また、空港会社の支出ではないが、府県は各漁連の漁業振興基金に支出している。)
上記が建設にかかる費用の増加につながり、1兆5000億円[14]もの出費となった。そのため、高額な着陸料や賃料などを設定することとなった。
空港1期島造成工事は1991年に完了し、1994年9月4日に開港した。
旅客数・発着回数などの業績は予想を下回ることとなった。そのため、航空会社から不満の強かった高額な着陸料を値下げし、増便を図った[15]。当初は、好調な国際線に比べて、国内線は2004年度までは大阪国際空港に客足を奪われていたが、2005年度から国内線も増加に転じた。2005年11月15日には、利用客の累計が2億人の大台を突破した[16]。発着回数が中華人民共和国や大韓民国などのアジア路線を中心に増加を続けるほか、免税店などの物販施設の充実などにより収益が増加したことから、2007年には8億円の黒字[17]となった。二期工事中の衛星写真(2001年)
一方、1996年からの第7次空港整備計画では、大都市圏における拠点空港整備を最優先課題とすることが目標とされ、二期工事として545 haの二期人工島の造成と4,000 mの平行滑走路の建設が着工した。[18]
業績をみると、一時は発着回数・利用者数共に減少していたが、2004年度以降は回復し、2005年以来、発着回数・利用者数共過去最高を記録し続けている。2006年夏ダイヤではチャイナエアラインが大阪国際空港時代から数えて32年ぶりに大阪に就航し、2007年夏ダイヤでは国際線が週776便と過去最高を更新した。
その後、二期工事は関西国際空港の経営状況に考慮し、事業費の圧縮を図り建設が進められることになった。二期工事は「二期限定供用」として当面は、滑走路と最小限の誘導路のみを先行整備し、周辺施設は順次整備することとした。また、2005?2006年度の2年間の施設整備事業費として国が400億円、民間が200億円の資金を出す予定だったが、費用削減効果[19]により2006年度の政府予算案を300億円から171億円に圧縮された。このため、施設整備事業費の3分の1となっている民間からの出資金も削減されることになる見通しである。
B滑走路供用開始後当時建設中であった滑走路・誘導路(2006年8月)
2007年8月2日に二期工事(限定供用部分)が完了し、4,000mのB滑走路とその平行誘導路、第一期空港島との間の南側連絡誘導路などが供用された。当初、完成時期は2007年10月を予定していたが、2007年8月2日に前倒して供用された。B滑走路は、現在は一部の着陸機用として使用されているが、定期検査や事故によるA滑走路の閉鎖時には離陸にも使用される。また、ペイロードの多い長距離便の大型機(A340クラス以上など)は長い離陸滑走を必要とするため、機長からの要請に応じてB滑走路を離陸に用いることもある。当初の供用予定を前倒ししたため、8月2日には管制システムの工事が間に合わず、以降も夜間に引き続いて工事を行う事になり、結局完全24時間化は9月1日となった[20]。 二期限定供用で使用される施設以外の今後の建設計画に関しては、旅客施設(B滑走路の傍に建設が計画されてる旅客ターミナルビル別棟等)よりも、近年飛躍的に伸びている国際貨物路線の増強を図るため、関西国際空港株式会社は貨物施設の早期着工を求めている[21]。
これらの第二期工事費用の予算を認める条件として、関西国際空港は「2007年度の年間発着回数13万回程度の達成」を財務省から求められていた。