鈴木宗男
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新党大地代表

2005年8月18日松山千春とともに新党大地を結成し代表に就任。9月の第44回衆議院議員総選挙に北海道ブロックでの比例1位候補として立候補して当選、衆議院議員復帰を果たした(2004年参議院選挙で鈴木の獲得票数から勘定すれば新党大地は北海道比例ブロックでの1議席の確保が見込まれていた。2005年衆院選は自民党による刺客候補が世間を騒がせた選挙であったため、中川昭一北海道第11区武部勤北海道第12区へ鈴木宗男が逆に自民党大物議員の選挙区で刺客として立候補することも浮上したが、新党大地が公職選挙法上の政党でなかったために鈴木は重複立候補ができず、鈴木ができるだけ安全に当選して議員となるために鈴木を比例名簿1位に搭載させて、比例単独候補となった(新党大地ではなく、自民系反郵政民営化政党であり北海道比例ブロックに候補者を一人も擁立していなかった国民新党であれば政党要件があるため、北海道比例ブロックでの比例1位と選挙区での重複立候補が可能ではあった)。

当選後の特別国会での首班指名選挙では小泉純一郎に投票、再提出された郵政民営化法案には反対票を投じた。その当時再び胃ガンとなり、再び手術したと2006年9月19日最終警告!たけしの本当は怖い家庭の医学で告白した。

2006年9月26日の首班指名選挙では民主党代表小沢一郎に投票。また10月22日には30分間小沢と会談し統一地方選や参議院議員選挙での協力を約束した。しかし、2007年7月の第21回参議院議員通常選挙で民主党の支援を受けた新党大地推薦候補が落選したことから民主党との選挙協力を白紙に戻し、今後は自民・民主両党との間で是々非々のスタンスを取るとしている。

2008年9月19日国民新党と統一会派「国民新党・大地・無所属の会」を結成。10月3日に札幌市事務所の会見で、新党大地代表として軸を置いて政党間協議を見ながら最終的に判断するとした上で国民新党や民主党からの重複立候補を示唆する発言をしている。


略歴

1948年

1月31日 北海道足寄郡足寄町大誉地で出生。(農家の次男)


1966年

3月 北海道足寄高等学校卒業。


1970年

4月 拓殖大学政経学部卒業、同大学在学中から衆議院議員中川一郎秘書


1983年

12月18日 第37回衆議院議員総選挙(旧北海道5区自由民主党公認)当選1期目。


1986年

7月6日 第38回衆議院議員総選挙(旧北海道5区・自民党公認)当選2期目。


1990年

2月18日 第39回衆議院議員総選挙(旧北海道5区・自民党公認)当選3期目。


1993年

7月18日 第40回衆議院議員総選挙(旧北海道5区・自民党公認)当選4期目。


1996年

10月20日 第41回衆議院議員総選挙(北海道13区・自民党公認)当選5期目当選。(比例復活当選)


1997年

9月11日 国務大臣北海道開発庁長官・沖縄開発庁長官(第2次橋本内閣改造内閣)。


1998年

7月30日 内閣官房副長官小渕内閣)。


2000年

6月25日 第42回衆議院議員総選挙(比例代表北海道ブロック・自民党公認)当選6期目。


2002年(平成14年)

2月20日 参考人招致。→ ⇒第154回国会 予算委員会 第14号議事録

3月11日 証人喚問。→ ⇒第154回国会 予算委員会 第22号議事録

3月 96年国後島訪問の際、外務省職員に暴行を加えていた事実が発覚し自民党を離党。

4月 国後島「日本人とロシア人の友好の家」建設をめぐる容疑で、宮野明公設第一秘書逮捕。

5月 ケニアODA疑惑で田中真紀子外務大臣(当時)と衝突。

6月 帯広市の製材会社「やまりん」からの斡旋収賄容疑で逮捕、衆議院からの議員辞職を勧告。

7月 斡旋収賄罪で起訴。

8月 建設会社からの受託収賄容疑で再逮捕。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Mamenoki