夜間(昼間でも薄暗い時等)に試合を行うためにグラウンドを照らす設備。グラウンド全体を照らすため、複数(数個〜数百個前後)の電球から成る照明を鉄塔など一定の高さの場所に設置する。光源には水銀灯、ハロゲンランプ、メタルハライドランプ、高圧ナトリウムランプなどが用いられる。また、これら複数の光源を組み合わせ、昼光色を可能な限り再現したものは「カクテル光線」と呼ばれ、こうした照明設備の灯りを表現する言葉としてしばしば用いられる。照明設備は複数の鉄塔(4〜6基)に架設する形式のものが最も一般的だが、千葉マリンスタジアムや岡山県倉敷スポーツ公園野球場(マスカットスタジアム)、松山中央公園野球場(坊っちゃんスタジアム)などではスタンドの庇(ひさし)に照明を架設する手法が用いられている。野球場の照度は硬式、軟式と競技区分別にJIS規格で定められており、プロ野球の場合内野は1500〜3000ルクス、外野は750〜1500ルクスの平均照度が必要とされている。
日本で初めて野球場の照明設備を設置したのは早稲田大学の戸塚球場で、1933年7月に完成した。高さ30.6mの照明塔6基に1.5kwの電球を156個取り付けたもので、照度は内野で150ルクス、外野で90ルクスしかなかった。
ボールパークとは英語で野球場のことを指す言葉。単にパーク、あるいはフィールドという場合もある。
日本では従来、野球場のことを英語でスタジアム(野球に限らず、観客席を持つ競技場を意味する単語)と呼び、ボールパークと呼ばれることはほとんどなかった。現在、日本でボールパークという用語が用いられる場合、それは天然芝、狭いファールゾーン、野球専用でプレーが観やすい観客席、レトロ調、左右非対称のグラウンド形状、設計の随所に見られる遊び心を特徴としたアメリカ・メジャーリーグの球場、もしくは同様の趣向で設計された野球場を指す場合が多い。このような野球場のスタイルは新古典派(ネオ・クラシカル様式)と呼ばれ、1992年に開場したオリオール・パーク・アット・カムデン・ヤーズがその先駆けとなった。
カムデンヤーズはデザイン面だけでなくマーケティングの面でも画期的な存在であった。それまでの球場はアメフトとの兼用が多く、そのため少ない試合数でより多くの観客を収容することに重点を置いた設計であった。これはレギュラーシーズンだけで年間162試合もこなすMLBにとっては収容力が過剰であった。そこで、カムデンヤーズはあえて収容人数を4万人台まで減らし、相対的に収容率を上げ、ファンにチケット購入に対する飢餓感を醸成させた(「早く買わないとチケットが売り切れるかもしれない」と思わせることが購買意欲をあおる最高のマーケティングとなる)。一方で、客単価の高い高付加価値の上位クラス座席を増設し全座席に対する比率を上昇させ、全体の座席数は減らしながらも、収益性は逆に高まるというビジネスモデルを作り上げた[1]。これに倣い、その後の新球場も座席数を抑える傾向にある。
日本においてはグリーンスタジアム神戸(スカイマークスタジアム)が2000年ボールパーク計画を発表し、プロ野球本拠地として近年で初めて内野を天然芝化した。その後も低いフェンス、内野にせり出したフィールドシート、1990年代から続くスタジアムDJによる場内アナウンスなど球場をアメリカ風のボールパークへと改革していった。
さらに東京ドーム、宮城球場(フルキャストスタジアム宮城)で相次いでフィールドシートが設置され、千葉マリンスタジアム、横浜スタジアムで内野フェンスが低くされるなど、他球場でもボールパーク化の試みが行われている。
これらの動きは、野茂英雄のメジャーリーグ移籍以降、メジャーが日本国内でも馴染みの深いものとなってから、急速に広がった。
アメリカにおける1990年代からの新球場建設ブームの背景[2]
1992年のオリオール・パーク・アット・カムデンヤーズを皮切りにMLBは未曾有の新古典派新球場建設ブームに沸いた。2006年までの15年間に16もの新球場が開場した。この理由には、ほとんどの野球場が建設費用の大半を税金でまかなっていることが挙げられるが、日本ではこの事実が報道されることはほとんどない。バド・セリグコミッショナーの卓越した経営手腕の下、アメリカ野球史上に残る好景気を記録し、日本に比べて黒字経営球団の多いメジャーリーグといえど野球場の建設費用は莫大であり、簡単に調達できる金額ではない。
そこで、ほとんどの新球場建設にあたっては、住民投票によって地元住民の同意を得て税金投入や特別税徴収、公債発行が行われている。また、税制の優遇や自治体から球団への格安でのリース契約など、制度面での多くの優遇政策がこのような新球場建設ラッシュを生んでいる。2006年までに建設された新古典派球場のなかで住民投票で税金投入などが認められなかったのはAT&Tパーク(サンフランシスコ・ジャイアンツ)のみである[3]。例えば、2010年開場予定のミネソタ・ツインズの新球場は、建設費用5億2200万ドルのうち、約4分の3に相当する3億9200万ドルがミネアポリス市など地元自治体の負担である。その大半が地元住民の納めた税金であり、ミネアポリス市があるヘネピン郡では消費税率を引き上げている。このように、新球場建設には地元住民の理解と協力が不可欠であり、住民の金で造られたのと同義である。
なぜこのような公金投入が行われることになるのかは、アメリカの経済学者、アンドリュー・ジンバリストの著書『May the Best Team Win』[4]などに詳しい。それによると、MLB機構は球団の数や移転を管理し、球団数よりもそれを欲しがる自治体のほうが多い、需要過多・供給不足の状態を意図的に作り出している。そのため、フランチャイズ都市では球団オーナーがより良い待遇・環境を自治体から引き出すために移転をチラつかせる行為が当たり前のように行われている。地域の象徴であり、地域活性化にもつながるプロスポーツチームを手放したいと思う自治体は少なく、たいていの場合、オーナーや球団の要求を呑むことになる。
また、かつて存在した「アメリカの古き良き野球場」を模した球場が、人々に懐かしさという感情をわき起こさせたことが、新古典派球場ブームの根底にある、というアメリカ固有の事情があるということが重要である。
詳細はドーム球場を参照
ドーム球場とはグラウンドをドーム形状の屋根で覆った野球場のこと。天候に左右されずにゲームを開催できるという長所がある。
世界初のドームスタジアムは1965年アストロズの本拠地として建設されたアストロドーム。日本初のドームスタジアムは1988年完成の東京ドームである。現在、日本でプロ野球チームの本拠地として使用されているドーム球場には東京ドーム(1988年)、福岡ドーム(福岡Yahoo!JAPANドーム、1993年)、ナゴヤドーム(1997年)、大阪ドーム(京セラドーム大阪、1997年)、西武ドーム(1999年)、札幌ドーム(2001年)がある。また地方には大館樹海ドーム(2軍戦が開催)、出雲ドームなどが存在する。