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地方局向けの放送
1970年代の同番組は一部東京12チャンネル(現テレビ東京)や三重テレビ放送に番販されて放映されていた。
東京12チャンネル
1968年4月3日、水曜22:30〜23:00の枠で放送開始。同局での第1回は「マンションの女」。開始当日の朝日新聞の番組案内では「一人の部長刑事を通して社会の種々相を描く捜査もの。朝日放送の制作で、関西ではすでに五百回近く放送されているが、関東地区では初めての放送」とある。他方、同日の毎日新聞夕刊の案内では「大阪弁の一人の部長刑事の警察官像を描く」とあり、大阪に深く密着したドラマという点は、当時さほど注目されなかったようである。開始翌月の68年5月、月曜23:15〜23:45に放送時間を変更、その後も日曜22:30、土曜(深夜)0:00、月曜15:30………と、頻繁に放送時間の変更を繰り返したため、いつ頃まで放送されたかは不明である。
三重テレビ放送
開局間もない1969年12月3日、水曜22:30〜23:00の枠で放送開始。同局での第1回は「千日前の女達」。当初の提供スポンサーは松下電器だった。こちらも放送時間の変更が多く、いつ頃まで続いたかは不明だが、1970年代中期までは放送されていたもよう。
腸捻転前のTBS系の地方局では、北海道放送・山陽放送・中国放送(腸捻転解消直前は木曜23:30〜24:00)・琉球放送がネットしていた。広島県では腸捻転解消後広島ホームテレビで一時期放送していた他、同局は「アーバンポリス」も再放送枠で放送したことがある。また、岡山県でも腸捻転解消後は香川県と相互乗り入れ前の岡山放送が一時期放送していた。
高知県では、腸捻転時代から解消後に至るまで高知放送(日本テレビ系列)がネットしていた。本来ならTBS系のテレビ高知がネットするところだが、排他協定の適用を受けないローカルセールス番組なので系列外放送が可能だった。なお、テレビ高知も『アーバンポリス』時代の一時期、ネットしていたようである。
いずれの局も遅れネットで、当然スポンサーは大阪ガスではなく、ローカルスポンサーに差し替えていた(スポンサーのクレジット表示がない時期もあり)。
1970年代から1980年代にかけては、テレビ神奈川が「部長刑事」を放映。
(第1回:1973年4月3日(火曜21:30〜22:00)「大阪の女」、最終回:1980年3月26日(水曜22:30〜23:00)「星空の舞台さよなら公演」)
1995年、北陸朝日放送が午前の再放送枠で『アーバンポリス』(戸上班黒木編)の一部を放送していた時期がある。
瀬戸内海放送でも小野寺昭時代の『アーバンポリス』を土曜朝10時台に放送していた。
1999年から2000年頃には山口朝日放送でも『アーバンポリス』を火曜朝10時台に放送していた。山口合同ガスおよび宇部市ガス局(現・宇部市ガス水道局)の販売圏なので当然大阪ガス提供ではなくノンスポンサーで、提供テロップはオリジナルのフリップに差し替えられていたが、フリップを納める時のタイミングによっては、「提供 大阪ガス」のテロップが一瞬だけ現れることがあった。
また、普段関西ローカルの番組をあまり流さない長野朝日放送では勝野洋時代の『アーバンポリス』を平日の朝11時台に放送していた。東京ガスの販売圏であるため大阪ガス提供ではなくスポンサーなし、提供テロップは出演者の写真に差し替えられていた。
親会社が朝日新聞社と関係の深い岐阜放送でも、「部長刑事シリーズ」が番販にて放映された。(2000年4月1日〜2002年4月29日)
「アーバンポリス」出海班編の中盤から開始し、「シンマイ。」を経て、「警部補マリコ」終了まで放映を続けた。(放送時間は土曜12:30〜13:00。ただし「シンマイ。」末期からは月曜12:00〜12:30。本放送より2〜4週遅れ。)一貫して提供はなく、本放送の提供テロップには、強引に「日本ガード」などのスポットCMをかぶせたり(「アーバンポリス」)、「提供 岐阜放送あすの住まい展」など傍系会社の提供クレジット(ブルーバック)を挿入したりした(「シンマイ。」以降。実際には傍系会社のCMは入らず、便宜上のものだったと思われる)。このうちの「シンマイ。」では、脇の刑事役の俳優が不祥事を起こし、逮捕されるという事態が起こった。ABCテレビでは再編集などの為、その後の2〜3週分を科学番組に差し替える措置をとった。しかし、実質的に時差ネット状態だった岐阜放送では、その後流す予定だった数回分を全て放送中止に、さらに、ABCテレビで再開後の数回分も放送しなかった。(その間はテレビショッピング番組などに差し替えた。)従って岐阜放送では、ストーリーの重要な部分がかなり飛んでしまう形になってしまった。
余談
「部長刑事シリーズ」の終了後、朝日放送の大阪ガス提供枠は平日帯のミニ番組『きらっと』→『美味彩菜』へと枠移動する。
「新・部長刑事 アーバンポリス24」は、関西の新聞等でのテレビ番組表では、従来からのなじみもあってか、もっぱら「新・部長刑事」と表記されていた。
刑事役の役者が本当に犯人を捕まえ、警察に引き渡したことがある。当時の新聞報道では、被疑者は本当の刑事と勘違いしていたといわれている。
黒木哲部長刑事(勝野洋・11代)は、「部長刑事シリーズ」の歴代主人公のなかで、唯一「殉職」という形で番組を去っている。
それまでは番組を去るに当たっては、ストーリー上では「転勤」を理由とするのが通例で、黒木部長刑事も当初はその予定だった(実際に放送されたストーリーのなかでも、警視庁への復帰話が出てきている)。 しかし脚本を読んだ勝野が「もし俺が突然いなくなったらどうなるだろう」と口走ったのをきっかけに、「殉職」という結末が用意されたのだという。負傷しつつもある大きな事件を解決に導いた後、道路に飛び出した子供を助けようとして交通事故死、という形だった。
このシリーズが異色だったのは、「シンマイ。」を除き、「大阪府警察本部応援」という肩書きがあったことである。このシリーズが全国的なメディアで紹介される際、必ず特徴に挙げられていたのが「関西ローカルの長寿ドラマ」、そしてこの「製作に本物の警察が協力している」という点であった。
初期のストーリーは実際の事件が下敷きとなり、また初期の作者のひとりである佐川桓彦は、当時現職の警部だった。「アーバンポリス24」の頃には流石にそこまではいかなくなったが、府警の広報担当が、ストーリーなどにアドバイスを送っていたという。警察署の玄関などのシーンでは、他のドラマでは他のビルをそれらしく見せるのが普通であるが、この作品では本物の警察署前でロケすると言うのも珍しくなかった。
前CM(「大阪ガス・オープニングCM」含む)→番組オープニング→本編→番組エンディング(スタッフロール)→後CM→次回予告(提供クレジット含む)
上記は「アーバンポリス24」当時の番組の流れだが、ドラマの本編に一切CMを挟まないのも、このシリーズの特徴だった。当時は既にあらゆるテレビ番組において、番組の中盤やヤマ場でCMを入れるのは当たり前になっていた。逆に言えば、このシリーズのようなCMの入れ方は、古めかしいものであった。しかしシリーズ終了までこの体裁は崩れることがなかった。(「アーバンポリス24」での、1時間のスペシャル版は例外。)なお、シリーズ自体の最終回となった「警部補マリコ」の最終話では、後CMのさらにあとに、スポンサーの大阪ガスによる「部長刑事シリーズ」終了の挨拶CMを流した。ABCの放送フィルムライブラリーと思われる場所(ABCセンターの北にある第3別館の映像アーカイブ室)の、「アーバンポリス24」の放送用ビデオテープの箱がずらりと並んで収められている棚を背景に、シリーズ終了の報告と、視聴者への感謝を呼びかける内容の挨拶を流したもの。また、その後に流れた提供クレジットでは、エンディングテーマの「風に吹かれて」をBGMに、歴代部長刑事(もしくは主人公)の白黒の顔写真を、ひとりずつ順番に流していた。
相原京介部長刑事(京本政樹・13代)の時代にはノベルティがいろいろと製作された。
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
担当:Mamenoki