郡
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各種表記
ハングル:?
漢字:{{{hanja}}}
平仮名:
(日本語読み仮名)ぐん
片仮名:
(現地語読み仮名)クン
ラテン文字転写:gun, kun
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三国時代にはすでに郡と記される制度があった。統一新羅時代の757年、景徳王は郡や県の固有語由来の漢字表記を改め、佳字を選んで漢風に漢字2文字の名前に変更した。
高麗時代には州・府・郡・県が置かれた。李氏朝鮮時代に置かれた地方行政機関の一つとして、府・牧・大都護府・都護府・県とともに郡があった。郡の長官は郡守である。1895年にこれらの複雑な地方行政機関は郡に一本化された。
日本統治時代、都市部分は府、農村部分は郡となった。郡には郡守が置かれた。1914年に地方行政区画である郡や面の大規模な改編(郡面統合)が実施され、郡が統廃合された。1931年には邑面制が施行され、郡の中の人口の多い地域が邑となった。
現在の大韓民国の郡は、公選首長である郡守と郡議会を持つ基礎自治体である。
大韓民国は、1945年8月15日時点の朝鮮総督府による地方行政制度を引き継いだ。1961年の5・16軍事クーデター後、10月1日に施行された「地方自治に関する臨時措置法」により、従来の邑面に代わって郡が基礎自治体に位置づけられたが、地方自治そのものは停止された。
経済成長やそれに伴う人口の集中などにより、邑が市に昇格して郡から離脱することも多くなった。これによる飛び地の発生などによって、行政区画としての郡の一体性の低下も見られるようになった。また韓国の民主化によって地方自治が復活し、1990年代初頭に郡守や郡議会議員の選挙が行われるようになると、郡の機能や形態が課題になるようになった。
1995年に地方制度の改革が行われた。これにより、道と同格の広域市に郡が含まれるようになった。また、都市部と農村部を複合させた形態の市が定められ(都農複合形態市)、一度郡から分離した市とかつての郡が再統合したり、ひとつの郡がそのまま市に昇格したりもしている。このため、郡の数は少なくなっている。
大韓民国の地方行政区画を参照
朝鮮民主主義人民共和国では、郡の下に置かれていた府・邑・面を廃止し、郡人民委員会を基礎行政機関とした。1952年に大規模な郡の改編が実施され、従来の郡よりも小さな範囲に分割された。その後、郡から市に昇格した例もあるが、現在も大半の行政区画は郡と呼ばれている。
欧米など非漢字語圏の行政区画の一部を日本語に翻訳するときに、訳語としてこの語を当てることがある(カウンティも参照)。
アメリカ合衆国の County ⇒ 郡 (アメリカ合衆国)
ハンガリーの ⇒Jaras(ヤーラーシュ)
なお、漢字圏の郡は、英語では通常以下のように訳される。
中国の歴史上の郡 → Commandery
日本の郡 → District
南北朝鮮の郡 → County
関連項目
消滅した郡の一覧
評
郡代
郡司
神郡
市町村
市 - 町 - 村
県
国府 - 国衙
大韓民国の地方行政区画 - 朝鮮民主主義人民共和国の地方行政区画
外部リンク
⇒日本の郡の変遷
⇒日本全国・国郡沿革表
⇒CLAIR SEOUL(日本自治体国際化協会) ? 韓国の地方自治制度について
などして下さる協力者を求めています。(Portal:地理/Portal:地理学)
カテゴリ: 地理用語関連のスタブ項目 | 行政区画の単位 | 日本の郡 | 朝鮮の地方行政区画 | 中国の制度史
更新日時:2008年9月26日(金)11:29
取得日時:2008/10/05 10:33