清と中華民国初期では、一級行政区画である省の下に道が置かれた。
日本書紀に登場する四道将軍の記述から、律令制以前に四道が置かれたとする説がある。
畿内東海道東山道北陸道
山陰道山陽道南海道西海道
詳細は五畿七道を参照
律令制下では五畿七道が置かれた。五畿はいずれの道にも属さず、畿内と総称された。道の下には国が置かれ、五畿と合わせて68国(奈良時代と明治時代に改廃があったが、その間の数字)があった。
ただし、西海道以外は実際に道の行政機関が置かれることはなく、名目的な行政区画だった。7世紀?12世紀ごろの西海道は例外で、太宰府が道の行政機関となった。
明治政府は1869年、北海道を追加し五畿八道とした。しかし、琉球と小笠原諸島及び列強の南下政策で喪失したが日露戦争後南部を回復した樺太など内地の一部や、外地(台湾・朝鮮・関東州・南洋群島)には、併合前の道を踏襲した朝鮮を除き、道は置かれなかった。
(畿内)
東海道
東山道
北陸道
山陰道
山陽道
南海道
西海道
北海道
詳細は北海道を参照
1871年の廃藩置県後、五畿八道(および国)は明確な廃止令こそなかったものの、徐々に廃れていった。現在、行政区分として唯一の「道」が存在する北海道についても、函館県・札幌県・根室県の三県を経て1886年北海道庁が設置されたが、「北海道」は単なる地域名に過ぎず、行政区画としては「庁」が置かれた(共通法で内地とされた樺太における樺太庁の命名と同じ)。
1947年、地方自治法により北海道庁は廃止され、以降、北海道には行政区画としての「道」が置かれている。なお、「道」は法的に他の都府県と同じ位置づけである。
現在の日本の行政区画は、1都1道2府43県からなり、北海道は唯一の道であるため、現代日本で単に「道」と言えば北海道を意味する。
詳細は朝鮮八道を参照
李氏朝鮮は全国を8道に分けた。これを朝鮮八道または鶏林八道と呼ぶ。
李氏朝鮮は、高宗代の1895年、八道を二十三府に再編したが、1896年、それらをさらに13道に再編した。これを朝鮮十三道と呼ぶ。
十三道は、八道の一部を南北に分割したものである。
京畿道
忠清道→忠清北道・忠清南道
慶尚道→慶尚北道・慶尚南道
全羅道→全羅北道・全羅南道
黄海道
平安道→平安北道・平安南道
江原道
咸鏡道→咸鏡北道・咸鏡南道
十三道制は日本統治時代も続いた。
第二次世界大戦後北朝鮮の行政区画(羅先 (Rason) がまだ直轄市となっている)韓国の行政区画
詳細は大韓民国の地方行政区画、朝鮮民主主義人民共和国の地方行政区画をそれぞれ参照
第二次世界大戦直後、いくつかの道が分割された。「南」では、米軍占領時代の1946年、全羅南道から済州道が分割された。「北」では、北朝鮮独立直後の1949年に黄海道が黄海北道・黄海南道に分割、咸鏡南道から両江道が分割、1954年には平安北道から慈江道が分割された。