責任能力が存在しない状態を責任無能力(状態)と呼び、責任能力が著しく減退している場合を限定責任能力(状態)と呼ぶ。責任無能力としては心神喪失や刑事未成年が、限定責任能力としては心神耗弱(こうじゃく)が挙げられる。刑法は第39条および第41条において心神喪失者・刑事未成年者の不処罰および心神耗弱者の刑の減軽を定めている。
心神喪失とは、精神の障害等の事由により事の是非善悪を弁識する能力(事理弁識能力)又はそれに従って行動する能力(行動制御能力)が失われた状態をいう。心神喪失状態においては、刑法上その責任を追及することができないために、刑事裁判で心神喪失が認定されると無罪の判決が下ることになる。もっとも、心神喪失と認定されるのは極めて稀であり、裁判で心神喪失とされた者の数は平成16年度以前10年間の平均で2.1名である。同期間における全事件裁判確定人員の平均が99万6456.4人なので、約50万分の1の割合となる(平成17年版 犯罪白書 第2編/第6章/第6節/1)。また、無罪判決がでるほどの重度の精神状態であれば回復の見込みは低く、一生を精神病院で過ごす可能性が高い(仮に復帰できても社会生活に戻れる者はごく一部に限られる)。
心神耗弱とは、精神の障害等の事由により事の是非善悪を弁識する能力(事理弁識能力)又はそれに従って行動する能力(行動制御能力)が著しく減退している状態をいう。心神耗弱状態においては、刑法上の責任が軽減されるために、刑事裁判で心神耗弱が認定されると刑が減刑されることになる(必要的減軽)。心神耗弱とされるの者の数は心神喪失よりも多く、裁判で心神耗弱とされた者の数は10年間の平均で80.4名である(犯罪白書同上)。
心神喪失および心神耗弱の例としては、精神障害や覚せい剤の使用によるもの、酩酊などが挙げられる。ここにいう心神喪失・心神耗弱は、医学上および心理学上の判断を元に、最終的には「そのものを罰するだけの責任を認め得るか」という裁判官による規範的評価によって判断される。特に覚せい剤の使用に伴う犯罪などに関してはこの点が問題となることが多いが、判例ではアルコールの大量摂取や薬物(麻薬、覚せい剤など)などで故意に心神喪失に陥った場合、刑法第39条1項「心神喪失者の行為は、罰しない。」は決して適用されないといわれている。(原因において自由な行為も参照してもらいたい。) また、殺人等の重犯罪を行った者については近年の世論の変化(厳罰化を強く望む声という説もある)により心神耗弱として認定されることはあっても、心神喪失として認定されることは極めて稀である。特に罪が重い者については例外なく極刑が言い渡される判例が多く、被告人の弁護側が心神喪失の認定を求めても、認定者とするか否かの判断を避けて判決を行う傾向にある。
心神喪失と認められると、不起訴になるか、起訴されても無罪となる、ということに関しては、社会的に抵抗感を抱く向きもある。テレビドラマシリーズ「怪奇大作戦(第24話「狂鬼人間」)」や、映画「39?刑法第三十九条?」などが取り上げ、問題提起を行ったことがある。DEATH NOTE (映画)では薬物乱用による中毒症状で殺人事件を犯した犯人が心神喪失で無罪となったが、それが演技であったような発言を行うシーンがある。また、2001年6月8日に大阪教育大学教育学部附属池田小学校で起こった事件(「附属池田小事件」)の犯人が、何度も不起訴となった経歴の持ち主であったことも報道された。この事件をきっかけに、心神喪失と認められた者に対する処遇への、司法の関与が必要との考え方が注目され、「心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律」が制定され、保護観察所に配置された社会復帰調整官(精神保健福祉士)を中心に、医療観察を行う枠組みがつくられた。
被告人の精神状態が刑法39条にいう心神喪失又は心神耗弱に該当するかどうかは法律判断であって専ら裁判所にゆだねられるべき問題であることはもとより、その前提となる生物学的、心理学的要素についても、上記法律判断との関係で究極的には裁判所の評価にゆだねられるべき問題であり、専門家の提出した鑑定書に裁判所は拘束されない(最決昭和58年9月13日)。しかし ながら、生物学的要素である精神障害の有無及び程度並びにこれが心理学的要素に与えた影響の有無及び程度については、その診断が臨床精神医学の本分であることにかんがみれば,専門家たる精神医学者の意見が鑑定等として証拠となっている場合には、鑑定人の公正さや能力に疑いが生じたり、鑑定の前提条件に問題があったりするなど、これを採用し得ない合理的な事情が認められるのでない限り、その意見を十分に尊重して認定すべきものである(最判平成20年4月25日)。
被告人が犯行当時統合失調症にり患していたからといって、そのことだけで直ちに被告人が心神喪失の状態にあったとされるものではなく、その責任能力の有無・程度は、被告人の犯行当時の病状、犯行前の生活状態、犯行の動機・態様等を総合して判定すべきである(最決昭和59年7月3日)。
刑事訴訟法上も心神喪失と言う概念があり、被告人が心神喪失になった場合は公判が停止される(刑事訴訟法314条)。被告人の心神喪失が恒久的なもので回復の見込みがない場合は、公判が打ち切られる。
なお、ここにおける心神喪失は被告人としての重要な利害を弁別し、それに従って相当な防御をすることのできる能力を欠く状態をさすものであり、その意味内容は刑法上の心神喪失と必ずしも同一ではない。会話・文字・点字・手話等のコミュニケーション能力を一切もたない者は、刑法上心神喪失となるわけではないが、刑事訴訟法上は心神喪失となることがある。
刑法第41条は14歳に満たない者を刑事未成年とし、その行為の不処罰を定めている。これは14歳未満の者を一律に責任無能力者とすることにより、その処罰を控えるという政策的意味を持つものと解されている。14歳に満たずに触法行為をした者は、少年法により触法少年として審判に付され、要保護性に応じて保護処分を受けることになる。
関連項目(刑法)
刑法
責任主義
原因において自由な行為
少年法
心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律
責任能力の認識に関しては、歴史背景によって変遷が認められる。 法令上の処遇として文献確認できる最古のものに、「養老律令」(718年)が挙げられる。 身体や精神の障碍を軽い順から残疾、癈疾、篤疾の三段階に分け、それぞれの状態に応じて税負担軽減や減刑処置が定められていた。 「獄令 三九 年八十。十歳。及癈疾。懐孕。侏儒之類。雖犯死罪。亦散禁。」 (獄令三九 80歳以上、10歳以下、癈疾の者、懐妊中の者、侏儒は死罪にあたる罪を犯しても拘禁されなかった。) ※「散禁」とは刑具を免ずるとの意。 ただ癲狂は免責の対象になる一方で職業上の制限もあったことが同律令に記されている。[1]
近代日本史において、責任能力という観点が強調されてくるのは、明治時代以後である。それ以前の江戸時代においては「御定書百箇条」78条に「乱心にて人を殺し候うとも、下手人となすべく候 然れども乱心の証拠、慥にこれ有る上、殺され候うものの主人ならびに親類等、下手人御免を願い申すにおいては詮議を遂げ、相伺うべき事 但し、主殺し親殺したりといえども、乱気紛れ無きにおいては死罪」とあり、当時の刑事法制では心神喪失や刑事未成年に対しては減刑が考慮される可能性のみに留まり、親殺しなどの大罪については一般の犯罪者と同様に直ちに極刑にされた(殺害された被害者が乱心の殺害者より身分が低い場合被害者の主人と親類など身内が許すと死刑でなく一族により家に閉じ込められる押し込めにされた。