二元主義型議院内閣制は議会権力の勃興期に現われ、君主が自己の好む首相の擁立に失敗して議会に屈服したときに一元主義型議院内閣制に移行した。 後には、組閣をめぐる議会内の取引に政局が左右されることを避け、一人の元首によって政治的安定を確保するために導入された。しかし、両方の信任をつなぎとめなければならないので内閣の存立条件はむしろ厳しくなった。
現在の半大統領制では、大統領が統治の実権を握り、内閣の意義、ひいては倒閣の意義が小さいものが多い。この場合、内閣の頻繁な交代は単なる大臣の交代にとどまり、政治危機の規模は局限される。現在のフランス第五共和制では、大統領と議会多数派が食い違った場合に大統領が譲って一元主義型議院内閣制に切り替わる慣行になっている。
政党規律が強まった現代では、国民の支持の「短期的な」変化とかかわりなく議会内多数派が維持できるようになった。政策上の重要争点について自党内が分裂して不信任投票に至らぬよう、予め十分に調整することができるのである。そのため首相は重要争点をめぐって解散に打って出て多数派を再形成する必要がなくなった。
また、世論調査が普及して支持率が常にわかるようになると、あまりに顕著かつ長期的な支持率低下をみて政権の継続を断念する内閣が増えた。このまま政権を担当し続けるにしても、遠からず来るであろう議員任期満了による選挙で自党を勝たせる可能性は低い。よって自党内から首相降ろしの運動が始まるのである。それに抵抗して首相が解散に打って出ても、自党(場合によっては自派)の敗北が予想されるためにそれも不可能であり、野党に転落し、しかも党首の座を追われるという最悪の結果を避けるため、国民に不人気となった首相は自ら辞任する。このため、不信任による解散、という議院内閣制の代表的な機構が用いられる頻度は、20世紀後半から低下している。
ただ、国民の支持の厚い首相=党首を擁する場合は、不信任決議と関わりなく解散を行い、さらに自党の政権を選挙時点からさらに向こう任期年間延命することができる。不人気な首相が自ら辞任して後継自党党首[3]に託すのも、たったそれだけで国民の支持が回復することが現実にあり得るからである。
若干概念論争的になるが、内閣の議会解散権は議院内閣制の必要条件ではないとする説が、通常の憲法学または政治学上の多数説であるようである。議会解散という制度は、歴史的に古くから存在した。よって行政権を通常担当する者(近現代では内閣)が、その行使につき責任を誰に対して負うのかという点が争われ、結果として議会が国王に対して勝利した時、解散権は与件としてあったのであり、これが議院内閣制という制度を他から分かつ標識たり得るかという点については疑問視されるのである。 たとえば議会解散権が事実上封じられていたフランス第三共和政も、議院内閣制でないとは言えない。統治の効率の点で問題の多い少ないは別儀である。
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脚注^ 日本やドイツのように議会が直接指名する場合と、その他の多くの国のように前任の首相やその他の人物・機関の助言をうけて元首が新首相を任命し、議会が信任する場合とがある
^ ドイツの場合は、憲法に当たるドイツ連邦共和国基本法で、連邦議会が新首相候補を選出した後にしか内閣不信任案を提出できない「建設的不信任( ⇒Konstruktives Misstrauensvotum)」制度を採用しており、逆に首相の信任決議が否決された時以外、内閣は連邦議会を解散できない。これはヴァイマル共和政時代に倒閣だけを目的とした内閣不信任が何度も可決された結果政治が安定せず、その混乱を衝く形でナチスが台頭してしまったことへの反省によるものである。つまり一見ドイツの内閣は積極的な議会解散権を持たないように見えるが、実際には与党に信任決議案を出させ、わざとそれを否決させて解散を実現する手法がとられる。だが、この手法を憲法違反と批判する憲法学者もいる。
^ ドイツでは、アデナウアーやブラントの様に首相職を辞任した後も与党の党首の座には留まったという例が見られる。
関連項目
議会