陸上自衛隊の「警務隊」(JGSDF Military Police)は、警務隊本部及び本部付警務隊[2]、並びに5個の方面警務隊からなる。本部は市ヶ谷駐屯地に置かれ、警務隊長は陸将補が充てられる。
なお、保安隊時代の昭和28年当時には、警務隊は全国で約800名、27駐屯地に配属されており、そのうち警務官及び警務官補として指定された者は保安隊では122名であった[3]。
各方面警務隊[4]は方面隊毎に置かれ、方面隊管内を担当する。これは方面警務隊本部及び、幾つかの地区警務隊、1個の保安警務中隊からなり、本部は各方面総監部所在駐屯地に在り、方面警務隊長には1等陸佐が充てられる。
2007年度末の改編[5]により、捜査部隊と保安部隊の集約一元化が図られ、警務隊隷下の5個方面警務隊の下に、あわせて18個地区警務隊・5個保安警務中隊を置くことになった。
地区警務隊は概ね師団・旅団ごとに置かれ、それらの管内を担当する。他にも第1空挺団等を担当する第127地区警務隊(茨城県・千葉県担当)、富士教導団等を担当する第128地区警務隊(山梨県・静岡県担当)、防衛大学校や少年工科学校等を担当する第129地区警務隊(神奈川県担当)が置かれている。本部はそれら司令部等の所在駐屯地に在り、地区警務隊長には2等陸佐(基準)が充てられる。
さらに、地区警務隊の警務職務を分担させるため、地区警務隊担当地区の殆どの駐屯地等に、規模によって警務派遣隊又は警務連絡班が置かれている。警務派遣隊長・同連絡班長には尉官(1尉?3尉)、規模によっては3等陸佐が充てられる。
常設部隊ではないが、これまで海外派遣された陸上自衛隊の部隊には、隷下部隊から人員が選抜され、警務班を編成、随行していた。さらにイラク派遣では、部隊の規模が大きいことから、班ではなく警務派遣隊が随行した。これらの警務班又は警務派遣隊は原則的には派遣部隊指揮官の指揮を受けるが、司法警察職務は刑事訴訟法に基づく権限であって、司法警察職務については派遣部隊指揮官の指揮を受けることはない。
ちなみに、3年に1度、警務隊内では「警務隊戦技競技会」が実施され、鑑識、逮捕術、持続走の3種目が競われている。平成18年度は中部方面警務隊が総合優勝した。
沿革
1952年(昭和27年)7月:松戸で第400保安大隊として編成完結
1953年(昭和28年)6月15日:司法警察職務の任務を付与
1973年(昭和48年)3月:「地区警務隊」の単位を採用
2000年(平成12年)3月:防衛庁移転計画に基づき、警務隊本部(芝浦分屯地)及び本部付警務隊(檜町駐屯地)が市ヶ谷駐屯地へ移駐
2003年(平成15年)6月15日:創隊50周年
2008年(平成20年)3月26日:大規模改編
18個地区警務隊を改編(旧地区警務隊を一旦廃止し、新たに編成)した。
方面総監直轄部隊の保安中隊を「保安警務中隊」に改編し各方面警務隊隷下に編合、司法警察職務任務を付与した。
師団・旅団司令部付隊に編成されていた「保安警務隊」を「直接支援保安警務隊」に改編し当該地区警務隊隷下に編合、同じく司法警察職務任務を付与した。
(派遣隊、連絡班、直接支援保安警務隊などは省略した)
警務隊本部
企画訓練科
捜査科
保安科
本部付警務隊(隊長は1等陸佐、市ヶ谷地区を担当)
北部方面警務隊(札幌駐屯地)
第119地区警務隊(旭川駐屯地、旧・第106地区警務隊)
第120地区警務隊(真駒内駐屯地、旧・第101地区警務隊)
第121地区警務隊(帯広駐屯地、旧・第107地区警務隊)
第122地区警務隊(東千歳駐屯地、旧・第108地区警務隊)
第301保安警務中隊(札幌駐屯地、旧・第301保安中隊)
東北方面警務隊(仙台駐屯地)
第123地区警務隊(青森駐屯地、旧・第109地区警務隊)
第124地区警務隊(神町駐屯地、旧・第110地区警務隊)
第305保安警務中隊(仙台駐屯地、旧・第305保安中隊)
東部方面警務隊(朝霞駐屯地)
第125地区警務隊(相馬原駐屯地、旧・第111地区警務隊)