台湾台北市延平区(現大同区)大稲?(だいとうてい)に、漢方医の5人兄弟の次男として生まれる。中学時代から器械体操に打ち込み、高校時代には台湾省運動会(国体に相当)に出場、吊り輪競技で優勝した。
台湾大学法律系(法律学科)に入学。在学中に司法試験に合格。1972年には文部省(当時)奨学生として京都大学大学院法学研究科に留学し、法哲学を専攻する。博士課程に進学後、父親が体調を崩したため単位取得退学をし、1976年11月台湾に帰国。帰国後は弁護士となった。
1979年12月10日に美麗島事件が発生。謝はこの事件の裁判で姚嘉文の弁護を担当する。これが政界入りのきっかけとなり、1981年に台北市議会議員に当選、1983年には「党外」急進勢力の団体「党外編輯作家聯誼會」(編聯会)、1984年には穏健派の団体「党外公共政策研究会」(公政会)のそれぞれ創立メンバーとなる。1986年9月28日に党外2団体が集まって民主進歩党が結成された際には、党名の提案者となり、綱領草案作成にも中心となって働いた。1986年に立法委員に立候補するが落選。1989年・1992年の立法委員選挙で当選し、立法委員を2期務める。その後、1996年の台湾総統選挙では副総統候補として出馬するも落選した。
1998年12月に実施された高雄市長選挙に立候補し、4565票と僅差であったが当選した。2000年には民進党主席も兼任。しかし高雄市長と民進党主席の兼任という形式に、一部支持者から批判を受けた。これを受け2002年に民進党主席を続投しないことを表明、同年末の高雄市長選挙で再選した。謝長廷の高雄市長としての最大の実績には、河川や水道の水質を大幅に改善させたことが挙げられる。上水道の水質は改善し、下水道整備も進めた。また市内を流れる「愛河」も悪臭を放っていたが浄化された。ほかにも、交通インフラや文化建設・史跡保存にも取り組んだ。世論調査では、高雄市が実施した調査で2004年12月に82.6%を記録、聯合報の調査でも同時期に満足度74%、不満度16%の結果を記録した。
2005年1月、高雄市長を任期途中で辞任し、行政院長に就任した。行政院長として“和解と共生”理念を主張、野党・国民党や中国など従来の敵対勢力との対話を呼びかけた。しかし2005年12月の県・市長選挙で民進党が惨敗した責任を負う形で、2006年1月行政院長を辞任した。
2006年12月の台北市長選挙に出馬したが、国民党公認候補の?龍斌に敗れる。
台北市長選挙後、2007年3月から始まった民進党の総統予備選挙に立候補。同年5月党員投票で得票順位トップとなり、予定されていた世論調査を待たず、公認候補者に指名された。2007年8月には予備選挙で得票2位だった蘇貞昌を副総統候補に指名した。
2008年1月12日に実施された立法委員選挙の結果、定数113議席のうち民進党は僅か27議席と結党以来の大惨敗を喫し、当初50議席を目標に掲げていた民進党にとって大きな誤算となった。これを受け、中間層の取り込みを行ったり、対抗馬である国民党公認候補馬英九候補周辺をめぐる様々な疑惑を批判する選挙戦を展開した。また、3月に入ってからは、馬英九陣営が打ち出していた「両岸共同市場」「一つの中国市場」を「台湾を中国と事実上統一させ、庶民の暮らしを脅かす危険なものだ」と批判するなど、「台湾人意識」を前面に出した主張を有権者に訴えた。このような選挙戦の展開で一時は馬候補を追い上げていると報じられたが ⇒[1]、3月22日、総統選挙において544万5239票(41.55%)の得票にとどまり、756万8724票(58.45%)を獲得した対立候補の馬英九に敗北した。
日本については、「日本統治時代にインフラ建設が進み、日本教育を受けて日本に親近感を持つ父親の影響を受けた」という背景に加え、京大大学院留学時代の印象も良好だったことから、愛着が深い。今でも日本語の書籍も読み、理念や政策提示に日本の経験を参考にしている。
2007年12月16日から19日まで京都と東京を訪問した際には、「親日派」であることを明言、さらに京都では円山公園の坂本龍馬像を見学して、自身が打ち出している「台湾維新」のヒントが明治維新から得られたことを強調した。
学歴
1967年 - 台湾大学法律系(法学部法律学科)に合格。
1970年 - 在学中に司法試験(弁護士)に合格。
1971年 - 台湾大学法学部卒業。同大学大学院に進学。
1972年 - 日本の京都大学大学院に留学。
1973年 - 京都大学大学院法学研究科修士課程修了。
1976年 - 京都大学大学院法学研究科博士課程単位取得中途退学。
職歴
1981年−1989年、台北市議会第4、5代議員。
1986年−1996年、民主進歩党中央常務委員連続6期。
1989年−1996年、第1〜3代立法委員。
1996年−1998年、民主進歩党中央評議委員会主任委員(委員長)。
1998年12月、高雄市長(民選第2代)当選。
2000年7月、民主進歩党第9代党主席当選。
2002年12月、高雄市長(民選第3代)再選。
2005年1月−2006年1月、行政院長。
2008年1月、民主進歩党主席代理。
関連項目
民主進歩党
陳水扁
馬英九
李登輝(2008年の総統選挙で謝長廷を支持)