2006年12月の台北市長選挙に出馬したが、国民党公認候補の?龍斌に敗れる。
台北市長選挙後、2007年3月から始まった民進党の総統予備選挙に立候補。同年5月党員投票で得票順位トップとなり、予定されていた世論調査を待たず、公認候補者に指名された。2007年8月には予備選挙で得票2位だった蘇貞昌を副総統候補に指名した。
2008年1月12日に実施された立法委員選挙の結果、定数113議席のうち民進党は僅か27議席と結党以来の大惨敗を喫し、当初50議席を目標に掲げていた民進党にとって大きな誤算となった。これを受け、中間層の取り込みを行ったり、対抗馬である国民党公認候補馬英九候補周辺をめぐる様々な疑惑を批判する選挙戦を展開した。また、3月に入ってからは、馬英九陣営が打ち出していた「両岸共同市場」「一つの中国市場」を「台湾を中国と事実上統一させ、庶民の暮らしを脅かす危険なものだ」と批判するなど、「台湾人意識」を前面に出した主張を有権者に訴えた。このような選挙戦の展開で一時は馬候補を追い上げていると報じられたが ⇒[1]、3月22日、総統選挙において544万5239票(41.55%)の得票にとどまり、756万8724票(58.45%)を獲得した対立候補の馬英九に敗北した。
日本については、「日本統治時代にインフラ建設が進み、日本教育を受けて日本に親近感を持つ父親の影響を受けた」という背景に加え、京大大学院留学時代の印象も良好だったことから、愛着が深い。今でも日本語の書籍も読み、理念や政策提示に日本の経験を参考にしている。
2007年12月16日から19日まで京都と東京を訪問した際には、「親日派」であることを明言、さらに京都では円山公園の坂本龍馬像を見学して、自身が打ち出している「台湾維新」のヒントが明治維新から得られたことを強調した。
学歴
1967年 - 台湾大学法律系(法学部法律学科)に合格。
1970年 - 在学中に司法試験(弁護士)に合格。
1971年 - 台湾大学法学部卒業。同大学大学院に進学。
1972年 - 日本の京都大学大学院に留学。
1973年 - 京都大学大学院法学研究科修士課程修了。
1976年 - 京都大学大学院法学研究科博士課程単位取得中途退学。
職歴
1981年−1989年、台北市議会第4、5代議員。
1986年−1996年、民主進歩党中央常務委員連続6期。
1989年−1996年、第1〜3代立法委員。
1996年−1998年、民主進歩党中央評議委員会主任委員(委員長)。
1998年12月、高雄市長(民選第2代)当選。
2000年7月、民主進歩党第9代党主席当選。
2002年12月、高雄市長(民選第3代)再選。
2005年1月−2006年1月、行政院長。
2008年1月、民主進歩党主席代理。
関連項目
民主進歩党
陳水扁
馬英九
李登輝(2008年の総統選挙で謝長廷を支持)
参考文献
郭瓊俐『打鐵街少年:謝長廷的故事』台北:布克文化、2005年、繁体中文、ISBN:9868113970
郭瓊俐『逆転勝利 謝長廷の生命美学』台北:天下文化、2007年12月、日本語(原著題名は『逆中求勝 謝長廷的生命美學』、天下文化、2007年12月、繁体中文、ISBN:9789862160312)
謝長廷『幸福台灣.幸福經濟-謝長廷承諾』 台北:播種者、2008年2月、繁体中文、ISBN:9789576966361
先代:
林義雄民主進歩党主席
2000年-2002年次代:
陳水扁
先代:
陳水扁民主進歩党主席(代理)
2008年次代:
蔡英文
カテゴリ: 台湾の政治家 | 1946年生
更新日時:2008年8月1日(金)13:45
取得日時:2008/08/17 12:50