違法性の錯誤とは、発生した違法な事実については認識があり認識通りの結果が発生しているが、自分の行為は「違法ではない」と思い込んでいた場合である。これには法の不知と当てはめの錯誤という二つの類型がある。以下、具体例を挙げて説明する。
法の不知
大麻を所持することが一定の条件の下において合法とされている国に育ったAが、出身国で合法的に大麻を入手し、それを持ったまま日本へ入国した。Aは日本において大麻を所持することが処罰の対象になるということを知らなかった。Aは大麻の所持を禁止する法律の存在それ自体を知らなかった。これが法の不知による違法性の錯誤である。
当てはめの錯誤
Aは自転車を盗まれて悲嘆にくれていたところ、数日後に自分の自転車がBの家のガレージにおいてあるのを発見した。Aはその自転車をガレージから出して、自分の家に持ち帰った。Aの行為は通常ならば窃盗罪にあたるが、Aとしては自分の自転車を持ち帰って何が悪い、違法な行為であるはずがないと考えていた。しかし現在の通説や判決例によれば、この場合には窃盗罪が成立してしまう可能性が高い(司法の判断に待つべきであるところを自分の判断にて行う「自救行為」として処罰の対象となる)。つまりAは違法なことをしているのにその自分の行為について「違法ではない」という誤った評価を下してしまっている。これが当てはめの錯誤である。
法律の錯誤(違法性の錯誤)の場合、すなわち違法性の意識が欠ける場合に故意(責任故意)ないし責任が阻却されるか、 ⇒38条3項に関連して争いがある。
この問題の前提として、まず、これを故意(責任故意)の問題とするか、故意以外の責任要素の問題とするかの争いがあり、故意説は故意(責任故意)の問題とする。これに対して、責任説は故意犯と過失犯に共通する問題として故意(責任故意)以外の責任要素の問題とする。
制限故意説
通説である制限故意説は、故意(責任故意)の問題としつつ、違法性の意識は責任故意の要件ではなく、ただ違法性の意識の可能性は責任故意の要件とする。責任主義の見地からは違法性の意識を要件とすべきだが、他方で確信犯の処罰の必要性からは違法性の意識を要件とすべきではなく、違法性の意識の可能性があれば人格形成における反規範的人格態度を認めうる点で違法性の意識がある場合と同質といえるからである。制限故意説によれば、38条3項の解釈は、本文の「法律を知らなかった…」とは「違法性の意識を欠くこと」ではなく、「法律の規定を知らないこと」を意味し、法律の規定を知らないだけでは責任故意は阻却されないことを意味するとされ、ただし書の「情状により…」は、違法性の意識を欠いたが、その可能性があったとき、責任故意は阻却されないが、刑を減軽し得る旨定めたものとされる。結局、制限故意説によれば、違法性の意識を欠き違法性の意識の可能性もなかったときは、責任故意は阻却されるが、違法性の意識を欠きつつも違法性の意識の可能性があったときは、責任故意は阻却されない。ただし、違法性の意識の可能性があっても、それが困難であったときは責任が減少し、刑を減軽し得る(38条3項ただし書)。
厳格故意説
厳格故意説は、故意(責任故意)の問題とする点では同じであるが、違法性の意識は責任故意の要件であるとする。
責任説
他方、責任説は、故意以外の責任要素の問題としつつ、その責任要素として違法性の意識は要件でなく、ただ違法性の意識の可能性は要件とする。
判例
判例は、違法性の意識の可能性に言及することなく、ただ違法性の意識は不要としている。なお、違法性の意識の可能性を必要とする下級審裁判例は多数あり、その中でも制限故意説に立つことを明らかにするものもある。これをふまえて、違法性の意識可能性が(少なくとも故意犯には)必要であるというのが実務上の取扱いである。
関連項目
故意
違法性違法性の本質と故意の正否には密接な関連がある。
たぬき・むじな事件
ブーメラン現象
カテゴリ: 民法 | 刑法
更新日時:2008年7月17日(木)06:15
取得日時:2008/08/21 03:31