言語は変化しやすいものなので、地域ごと、話者の集団ごとに必然的に多様化していく傾向があり、発音や語彙、文法に相違が生じる。そのために、差異の程度が別の言語までには広がっておらず同じ言語の変種と認められるものの、部分的に他の地域の言葉と異なった特徴を持つようになったものを方言と呼ぶ。また、方言には同一地域内にあって、社会階層の違いによって異なる変種もある。(社会方言)
しかし、言語学には「同語族・同語派・同語群の同系統の別の言語」なのか、「同一言語の中の方言」なのかを客観的に区別する方法はなく、言語と方言の違いは極めて曖昧である。国境の有無などのような政治的な条件や正書法の有無などを根拠に両者の区別が議論されることもあり、「言語とは、軍隊を持った方言のことだ」という譬え[要出典]さえ存在するが、例外は多々存在する。
方言話者同士が会話する場合は、ある特定の方言そのもの、あるいはその方言を元にして新しく作られた標準語[1]を使用してきた。
各国での方言の実例
主にセルビア、クロアチア、ボスニア・ヘルツェゴビナで話されるセルボクロアチア語は十数年前までひとつの言語で、各国・各地方の言葉は、使用する文字に違いはあっても同じ言葉であり、方言関係にあるとされてきたが、現在はセルビア語・クロアチア語・ボスニア語という相異なった3つの言語であると主張されている(Wikipediaには ⇒セルビア語版Wikipedia、 ⇒クロアチア語版Wikipedia、 ⇒ボスニア語版Wikipediaがあり、それらとは別に更に ⇒セルボクロアチア語版Wikipediaも存在する)。
中国語の各方言はヨーロッパ各国の公用語ほどの違いがあると言われるが、書き言葉が同じであるため意思疎通が比較的容易であることと、同系の標準語[1]である普通話(プートンフア)があるために、方言関係にあるとされる。中国の大陸部やシンガポールの中国語(華語)は表記に簡体字を使い、台湾、香港、マカオの中国語は繁体字を使っており、発音表記にもそれぞれラテン文字と注音符号という別体系の文字を使うなど、一部が異なった正書法が使われているが、別の言語との扱いは一般にはされていない。また、キルギス共和国には、中国から移住した、キリル文字で書き、アラビア語やロシア語から借用語の多いドンガン語を話す人たちがいるが、国も文字も語彙も違っていても、方言だとみなす人がいる。
一方ドイツ語は、大きく北部方言(低地ドイツ語)と標準語[1]を擁する南部方言(高地ドイツ語)に分けられ、互いに通じないほど違う。しかし、北部方言もドイツ語であるとされている。ところが、このドイツ語の北部方言ときわめて近い関係(方言の変化が連続的なので、明確な境界は存在しない)にあるオランダの言葉はオランダ語として、別の言語とされる。ドイツ語北部方言とオランダ語では会話が可能でありながら、ドイツ語北部方言と同南部方言では会話が困難だという奇妙な現象が起こる。
逆に植民地政策によって広がった言語は方言差が出にくく、例えばロシア語はあれだけ広い地域で話されているにも関らず、方言差が少ない。
英語はイギリスで用いられるものとアメリカ合衆国のものとで細部が異なり、前者はBritish English(イギリス英語)、後者はAmerican English(アメリカ英語)と呼称される。このほかInglish(インド英語)やSinglish(シンガポール英語)など、かつてイギリスの植民地だった地域には地域独自の英語の方言がある。
詳細は国語国字問題を参照
近代に至ってフランス型の標準語政策は国民形成、国民統合と国民国家建設に欠かせない要件として世界中の国々に受け入れられていく(後述する日本の標準語化政策も例外ではない)。
絶対王政期のフランスでは、国家によって特定の方言を元にした標準語が定められ、それまで各地方で話されていたオック語、プロヴァンス語、ブルターニュ語などの地方言語を標準フランス語に対する方言と定義付けて、方言より標準語を優越させる政策が始められた。
例えば、学校教育において、方言を話した生徒に方言札を付けさせて見せしめにするということが行なわれた。この制度は日本にも取り入れられた。
なお、アルザス語もフランス東部で用いられるが、言語学的にドイツ語の一方言である。
明治時代以降、日本では学校教育の中で標準語を押し進め、方言および日本で話されていた他の言語を廃する政策がとられた。方言を話す者が劣等感を持たされたり、または差別されるようになった。
現在では、テレビ・ラジオにおける標準語[1]使用の影響により殆どの者が標準語を話せるようになった一方、その土地の方言を話せる人口はかつてと比べて確実に減っている(近畿地方ではあまり減っていないが、上方言葉の中の地域性が失われる傾向にある)。特に若者の間でその傾向が著しい。