彼の哲学体系は西田哲学と呼ばれたが、このように体系にその名が付けられるのは、日本の近代以降の哲学者の中では唯一と言って過言ではない。
郷里に近い国泰寺での参禅経験(居士号は寸心)と近代哲学を基礎に、仏教思想、西洋哲学をより根本的な地点から融合させようとした。その思索は禅仏教の「無の境地」を哲学論理化した純粋経験論から、その純粋経験を自覚する事によって自己発展していく自覚論、そして、その自覚など、意識の存在する場としての場の論理論、最終的にその場が宗教的・道徳的に統合される絶対矛盾的自己同一論へと展開していった。一方で、一見するだけでは年代的に思想が展開されているように見えながら、西田は最初期から最晩年まで同じ地点を様々な角度で眺めていた、と解釈する見方もあり、現在では研究者(特に禅関係)の間でかなり広く受け入れられている。
最晩年に示された「絶対矛盾的自己同一」は、哲学用語と言うより宗教用語のように崇められたり、逆に厳しく批判されたりした。その要旨は「過去と未来とが現在において互いに否定しあいながらも結びついて、現在から現在へと働いていく」、あるいは、鈴木大拙の「即非の論理」(「Aは非Aであり、それによってまさにAである」という金剛経に通底する思想)を西洋哲学の中で捉え直した「場所的論理」(「自己は自己を否定するところにおいて真の自己である」)とも言われている。そこには、行動と思想とが言語道断で不可分だった西田哲学の真髄が現れている。
論文『場所的論理と宗教的世界観』で西田は「宗教は心霊上の事実である。哲学者が自己の体系の上から宗教を捏造すべきではない。哲学者はこの心霊上の事実を説明せなければならない。」と記している。
西田は思想輸入的・文献学的なアプローチを取らず、先人らの思考法だけを学び独自に思想を展開させたために、その著作は、一見するだけでは独創的で難解である。しかし、禅の実践から抽出された独自の学風は文献学者、「哲学学者」への痛烈なアンチテーゼでもありえよう。同時に、西田哲学はあまりにも宗教的であり、実践的でないという批判も、田辺元や高橋里美などから出た。
主要論文
善の研究 岩波文庫、講談社学術文庫(小坂国継の語注)
種々の世界
働くものから見るものへ
直接に与えられるもの
場所
左右田博士に答う
叡智的世界
無の自覚的限定
私と汝
行為的自己の立場
弁証法的一般者としての世界
論理と生命
行為的直観
人間的存在
絶対矛盾的自己同一
歴史的形成作用としての芸術的創作
自覚について
デカルト哲学について
場所的論理と宗教的世界観、他多数
岩波文庫版「哲学論集」TUV等が6冊、「論文選」等が書肆心水6冊刊行
家族
西田外彦 甲南高等学校(旧制)教授 次男
西田幾久彦 財団法人日本ゴルフ協会理事、元東京銀行常務、外彦の長男、正仁親王妃華子の義兄
関連項目
日本の哲学者
西谷啓治
エックハルト
アルフレッド・ノース・ホワイトヘッド
ルネ・デカルト
戸坂潤
参考文献
中村雄二郎 『西田哲学の脱構築』 岩波書店、1987年。ISBN 400001661X
新田義弘 『現代の問いとしての西田哲学』 岩波書店、1998年。ISBN 4000006592
小坂国継 『西田幾多郎の思想』 講談社〈講談社学術文庫〉、2002年。ISBN 406159544X
藤田正勝 『現代思想としての西田幾多郎』 講談社〈講談社選書メチエ〉、1998年。ISBN 4062581388
平山洋 『西田哲学の再構築―その成立過程と比較思想』 ミネルヴァ書房、1997年。