ウァレンティニアヌス朝 (364年-392年)
ウァレンティニアヌス1世: 364年-375年
グラティアヌス: 367年-375年
グラティアヌス: 375年-383年
ウァレンティニアヌス2世: 375年-383年
マグヌス・マクシムス: 383年-388年 (簒奪者)
ウァレンティニアヌス2世: 383年-392年
王朝無し (392年-394年)
エウゲニウス: 392年-394年
テオドシウス朝(394年-455年)
テオドシウス1世: 394年-395年 (最後のローマ帝国全体の皇帝)
ホノリウス: 395年-423年
スティリコ: 395年-408年 (軍司令官)
コンスタンティウス3世: 421年
コンスタンティヌス3世: 407年-411年 (簒奪者)
プリスクス・アッタルス: 409年-410年/414年-415年 (簒奪者)
ヨウィヌス: 411年-412年(簒奪者)
ウァレンティニアヌス3世: 423年-455年
ガッラ・プラキディア: 423年-433年 (母后、摂政)
フラウィウス・アエティウス: 433年-454年 (軍司令官)
ヨハンネス: 423年-425年 (簒奪者)
テオドシウス朝断絶後 (455年-480年)
ペトロニウス・マクシムス: 455年
アウィトゥス: 455年-456年
リキメル: 456-472年 (帝国の影の実力者)
マヨリアヌス: 457年-461年
リウィウス・セウェルス: 461年-465年
アンティミウス: 465年-472年
オリブリオス: 472年
グリケリウス: 473年-474年
ユリウス・ネポス: 474年-480年 (亡命:475年-480年、制度上の最後の西ローマ皇帝)
ロムルス・アウグストゥルス: 475年-476年(事実上の最後の西ローマ皇帝)
フラウィウス・オレステス: 475年-476年 (黒幕)
オレステスは、蛮族の傭兵の叛乱軍によって殺害された。その指導者オドアケルが、西帝ネポスと東帝ゼノンの正当な代理人として、イタリアの支配権を引き受けた。
外部リンク
⇒www.roman-empire.net
⇒De Imperatoribus Romanis
元首政3世紀の危機専制君主制ローマ帝国末期
ユリウス・クラウディウス朝
4皇帝の年
フラウィウス朝
五賢帝
5皇帝の年
セウェルス朝
6皇帝の年
軍人皇帝
テトラルキア
コンスタンティヌス朝
ウァレンティニアヌス朝
テオドシウス朝
西ローマ帝国
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更新日時:2008年8月28日(木)08:36
取得日時:2008/09/03 10:32