表記法
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総説


研究小史

図3 文字の発達段階に基づく(とかつて考えられていた)文字体系の類型ピクトグラム (絵文字)
表意文字 (象形文字を含む)[a]
表音文字
音節文字[b]
アルファベット[c]

a  今日の意味での表意文字ではない。
b  しばしばアブギダを含めて言った。
c  アルファベットのほかにアブジャドを含める場合もあった。

ヨーロッパ世界では、伝統的に、文字は音声言語の補助にすぎないという考えかたが根強くあった。ソクラテスは、文字に頼ると記憶力が減退するし、文字で書かれたものは弁舌よりも説得力が劣ると考えた[3]。後に地中海沿岸世界ではエジプトヒエログリフが忘れられ、ヨーロッパとその周辺ではアルファベットなどの音素文字だけが使われるようになったため、音声言語を忠実に再現することこそ文字の本質だという考えはいっそう強まった。下ってルソーは、「事物の描写は未開の民族に、語や文章の記号は野蛮な民族に、アルファベットは政府に統治された民族に一致している」[4]と述べ、使用される文字体系の種類が社会の進歩の度合いを反映しているという考えを示した。この3つはピクトグラムや象形文字、表語文字、表音文字に対応している。

18世紀には近代的な言語学が起こり、さまざまな言語を客観的に比較する姿勢が強まったが、文字の研究は音声学の一分野として行われるにとどまった。このような思潮から、文字は象形文字から音節文字へ、さらには音素を完全に表記できるアルファベットへと発達していくものだと広く信じられるようになり、学説の主流ともなった(#図3参照)。今日ではこのような学説は、完全にとはいえないまでも、かならずしも正しくないことがわかっている。もちろん、使用する文字体系の種類が社会の進歩の度合いを表すというような見かたは否定されている。

中華世界では事情が異なっていた。上古にすでに甲骨文が見られるが、これは卜占による神意を伝えるものであった。封建制が成立した後も、文字使用の独占は権力の源泉となった[5]。周王朝の滅亡によって文字の技術は独占を脱し、文字の使用はひろまったが、表語文字(後述)としての漢字の能力は、多くの方言や言語を横断する共通の意志疎通手段として、中華世界の一体性を維持することにつながった。さらに、華夷秩序の拡大にともない、周縁社会にとっては、漢字は文明の中心地から先進文化を受け入れ、その権威に与るための手段となった。その間、中原にはさまざまな民族が侵入し、多くの王朝が交代したが、漢字は使われ続けた。

中国語は1音節が1形態素に対応する孤立語であり、漢字はその形態素を書き表したので、文字がすなわち言語であった。そのため言語学は発達を見ず、かわりに文字を手がかりに古えの文献を読み解く訓詁の学が発展した。個々の文字は形音義(字形、発音、意味)の3要素によって分類考証されるようになった。

20世紀に入ると文化人類学構造主義言語学が起こり、人間の諸活動のうち文字の使用についても通時的側面とともに共時的側面からも検討する方法論が主流となった。また考古学の発展もあって、文字の発達や分化の理論も修正された。


表音と表意・表語

伝統的によく用いられる文字体系の分類に、表音文字と表意文字に大別するものがある[6]

漢字ヒエログリフなどを表意文字と呼ぶことがある。しかし、そのような文字体系は文字のひとつひとつが意味そのものを表すのではなく、言語の形態素に対応しており、その結果ひとつひとつの形態素の発音をも表しているのだから、適切ではないとの意見がある[7]。したがって、このような文字体系を今日では表語文字と呼ぶ。

表語文字(ひょうごもじ。英: logogram)では、文字が語や形態素を表すと同時にその発音も表す。対して表意文字(ひょういもじ。英: ideogram)では、発音はかならずしも明らかではない。アラビア数字は最も広汎に使われる表意文字である。たとえば 9 という文字は、言語によって、また使われる場面によって、さまざまな発音で呼ばれる。しかし、発音が明らかでなくてもこの文字が九という言語的意味を表すことに変わりはない。

表音文字(ひょうおんもじ。英: phonogram)でも、言語の発音そのものを表記しているわけではない。形態素が連接する際の渡り音は表記に反映しないのが普通だし、音韻の交替を反映しないこともしばしばある。たとえば、現代朝鮮語正書法ではハングルの表記で形態主義をとり、発音の上では子音の交替が起こっていても語幹の表記を変化させない。このことによって、文中の形態素を識別しやすくしている。

それぞれの語の綴りも、音声言語の発音を忠実に表しているとはかぎらない。現代英語の enough、night、thought の gh のように、異なる発音を表す(あるいは発音しない)場合がある。言語の発音は時代を経ると音韻変化によって変わっていくが、文字の表記は変化しにくいためである[8]タイ語タンマサート ?????????? はサンスクリット語のダルマシャーストラ dharma??stra に由来するが、原語の発音を綴りの中に保存している。日本語現代仮名遣いで、助詞の は、へ、を のみにはかつての表記を残しているのも似た現象である。このように発音と一致しない綴りが保持されるのは、形態素同士が発音だけでは区別できなくなる不便を補うためだと考えられている。

以上のような理由から、表音性や表語性という性質は、程度の差はあるがどの文字体系にも備わっており、相対的な基準であると論ずる研究者もいる[9]


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Mamenoki