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歴史
近世以前
行田市大字埼玉(さきたま)は、古くは万葉集に「さきたまの津」という記述があり、風土記にも「武蔵国埼玉郡(さきたまごおり)」とあるように、「埼玉県」という地名の発祥地であるとされる。
古墳時代には稲荷山古墳などが造成され、これらからは金文字の入った金錯銘鉄剣など貴重な文化財が出土している。
室町時代には忍城(おしじょう)が築かれ、成田氏を中心とする武士団の本拠地として周辺に勢力を拡大していた。
戦国時代には後北条氏と結んだため、豊臣秀吉の小田原攻めの際には石田三成に攻撃を受けることとなる。
江戸時代には阿部氏、後に松平氏の城下町。石高は十万石。
江戸時代中期より、下級武士の内職として足袋の生産が始まり、明治時代を迎えて機械化され一大産地となる。戦後は洋装化が進んだため衰退したが、今でも生産は行われているほか、足袋から転じた繊維産業が地場産業として一定の地位を占めている。「きねや足袋」が老舗の名店として有名。
近代以後
1889年4月1日 - 北埼玉郡成田町・行田町・佐間村が合併し忍町(おしまち)となる。
1902年6月 - 行田馬車鉄道が創業
1910年9月 - 行田電灯が設立
1937年4月1日 - 北埼玉郡長野村・星河村・持田村が忍町に編入合併
1949年5月3日 - 忍市として市制施行、即時改称し行田市となる。
1954年3月31日 - 北埼玉郡荒木村・須加村・北河原村が行田市に編入合併
1954年7月1日 - 北埼玉郡埼玉村が行田市に編入合併
1955年7月20日 - 北埼玉郡星宮村が行田市に編入合併
1955年9月30日 - 北埼玉郡太井村のうち旧棚田村・門井村の区域が行田市に編入合併
1955年10月1日 - 池上・下川上が行田市から分離し、熊谷市に編入合併
1956年4月1日 - 北足立郡吹上町から堤根・樋上および下忍の一部が分離し、行田市に編入される。
1957年3月31日 - 北埼玉郡太田村が行田市に編入合併
2006年1月1日 - 北埼玉郡南河原村が行田市に編入合併
歴代市長
奥貫賢一(1947年4月6日〜1951年4月5日、1955年5月1日〜1959年4月30日)2期
馬場秀夫(1951年4月24日〜1955年4月30日)1期
中川直木(1959年5月1日〜1991年4月30日)8期
山口治郎(1991年5月1日〜2003年4月30日)4期
横田昭夫(2003年5月1日〜2007年4月30日)1期
工藤正司(2007年5月1日〜)1期目
経済
市内に本社を置く企業
大野建設(建築、建設業)
小川工業(土木建築、建設業)
ガクヤ(足袋製造/販売)
きねや足袋(足袋製造/販売)
コスモプリンツ(印刷業)
ジェコー(自動車計器類製造)
十万石ふくさや(和菓子・洋菓子の製造、販売)
ショーワ(自動車部品製造)
電元オートメーション(環境関連機器製造)
東旭(日本人形)
森乳業(乳製品製造)
山本食品工業(漬物)
市内に工場・営業所を置く会社
朝日食品工業(行田工場。豆腐、油揚げ他大豆製品)
アドバンテスト(行田事業所。計測機器製造)
岩崎電気(埼玉製作所。照明機器製造)
トヨクニ電線(埼玉事業所。電線、ケーブル製造)
ニッコー(埼玉工場。洋食器、水処理機器製造)
ハイデイ日高(行田工場。食品製造)
明和グラビア(行田工場。化学繊維、特殊印刷)
リョーサン(行田工場。半導体・電子部品・電子機器販売)
姉妹都市・提携都市
桑名市(三重県)
白河市(福島県)
教育
小学校
行田市立中央小学校
行田市立南小学校
⇒行田市立東小学校
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
担当:Mamenoki