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略歴
宝亀10年(779年) - (1月12日)従五位下。(2月23日)美濃介。
天応元年(781年) - (5月25日)備中守。
延暦2年(783年) - (2月25日)少納言。
延暦4年(785年) - (1月27日)右少弁。(10月2日)安芸守。
延暦8年(789年) - (1月6日)従五位上。(2月4日)備後守。(3月16日)大宰少弐。
延暦10年(791年) - (1月22日)豊後守。
延暦17年(798年) - (7月27日)天皇から園人へ平城旧都の取締りが命じられる。この時点で正五位下、右京大夫兼大和守。
延暦18年(799年) - (4月28日)この時点までに従四位下。(9月10日)右大弁。
延暦22年(803年) - 相模守。
延暦24年(805年) - (10月23日)この時点までに従四位上、大蔵卿。
大同元年(806年) - (2月16日)宮内卿。(3月18日)権参議。(5月19日)皇太弟傅を兼任。(5月24日)山陽道観察使(参議が停止され、観察使が置かれた)。6月までに正四位下。
大同3年(808年) - (4月3日)北陸道観察使を兼任。(6月28日)民部卿を兼任。
大同4年(809年) - (3月30日)従三位。(4月13日)正三位。(9月19日)中納言。
弘仁元年(810年) - (2月8日)大納言。(9月18日)東宮傅を兼任。
弘仁3年(812年) - (12月5日)右大臣(太政官首班となる)。
弘仁5年(814年) - (1月7日)従二位。(6月)万多親王らと『新撰姓氏録』を嵯峨天皇へ提出。
弘仁9年(818年) - (12月19日)歿、贈左大臣正一位。
参考文献
森田悌、『王朝政治』、講談社学術文庫、2004年、ISBN 4061596322
関連項目
藤原氏
藤原氏の人物一覧
日本後紀
カテゴリ: 藤原北家 | 平安時代の公家 | 756年生 | 819年没
更新日時:2008年9月6日(土)03:38
取得日時:2008/10/07 20:50
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
担当:Mamenoki