東京都
深大寺そば(東京都調布市・三鷹市)
元禄年間、天台宗東叡山寛永寺貫首公弁法親王に蕎麦切りを献上し賞賛を得てから知名度が上がり、その後一般庶民に広まった[47]。
とろろ蕎麦(東京都八王子市高尾山)
大正時代、山を登る参拝客に精をつけてもらおうと麓の店が提供したのが始まりといわれている[48]。地域おこしの観光資源として、冬季に京王電鉄と「冬そばキャンペーン」実行委員会によって「高尾山の冬そばキャンペーン」が開催されている(2008年現在6回目)[49][50]。
あられそば(東京都)
小柱(青柳の貝柱)を具にした温かい蕎麦[51]。小柱をかき揚げにして具にする店舗もある。
神奈川県
秦野のそば(秦野市)
タバコ耕作の裏作としてソバが作られ神奈川県内一の産地となっており、新かながわの名産100選に選定され、戦後に誕生した『丹沢そば』などのブランドがある[52][53]。
詳細は凍り蕎麦を参照
行者そば(長野市戸隠)
奈良時代初期に役小角が木曽駒ヶ岳で修行中、幾つかある登山道の途中にある集落「内の萱」の里人に篤い持て成しを受け、そのお礼に役小角が里人に渡したソバの種が発祥とされ、焼き味噌を溶き入れたつゆ(辛つゆ)に薬味として辛子大根おろしとネギを入れて食べる[54][55]。
富倉そば(北信地方)
詳細は富倉そばを参照
開田そば(木曽町開田高原)
冷涼で朝霧や夕霧が発生する気候によりソバ生育に適していた事から古くからのソバ産地で、その地産そば粉にて作った蕎麦である[56]。具材にすんき(カブ菜の漬け物)と鰹節を用いた「すんきそば」は冬季に作られる[19]。
霧下そば(北信地方)
「霧下そば」について、狭義では戸隠そばの中でも昼夜の気温差が激しく霧の発生する場所で獲れたソバやそば粉やそれで作った蕎麦だけを指し、広義では戸隠産の良質なソバやそば粉やそれで作った戸隠そばを指す[57][58][58][59]。また、同様の条件を満たした「開田そば」を指すこともある[19]。
善光寺そば(長野市)
主に善光寺表参道周辺で営業している蕎麦屋やそこが出す蕎麦を指し、商品に「善光寺そば」を使用する場合は善光寺事務局の許可(公許)をもらい、「善光寺ブランド」使用ロイヤルティーを支払う必要性が生じる[60]。
高遠そば(長野県伊那市)
会津松平家の初代藩主保科正之は大変なそば好きだったと伝えられており、また二十数年信濃国高遠藩との密接な関わりがあり、この地域ではみそ味(みそ+大根おろし+ネギ)のそばつゆ「からつゆ」にて蕎麦が食されていた[19][61][62][63]。その後、保科正之が陸奥国会津藩23万石と大身の大名に引き立てられたことがきっかけで、この「からつゆ」蕎麦の食べ方も会津地方に伝わり、発祥地の名を取って「高遠そば」と呼ばれるようになったが、その名が逆に会津から高遠地区に伝わって「からつゆ」蕎麦を「高遠そば」とも呼ぶようになった[19][61][62][63]。それに対して出汁の効いた醤油味のつゆは「あまつゆ」とも呼ぶ[61]。
本山そば(塩尻市)
本山宿は「そば切り発祥の地」といわれ[64]、その所以は宝永3年(1706年)に出版された「本朝文選(風俗文選)」に『蕎麦切りといっぱ(いうのは)、もと信濃の国本山宿より出て、あまねく国々にもてはやされける』と書かれたことによる[65][66][67]。