短所
機構が簡単だが調整が難しく、雑な調整ではうまく走れない(したがって修理作業に熟練を要する)。
ただし、これに対して電気機関車が有利となるのは、VVVFインバータ制御が主流になってからと言える。
電気機関車やディーゼル機関車より燃費効率が悪く、牽引力も弱い
蒸気機関車の熱効率は10%程度といわれ、ディーゼル機関車の熱効率35%程度に比べてかなり劣る。
始動に時間がかかる。ボイラーの火入れ、蒸気の発生と数時間前から作業開始する必要がある。また走行終了後も石炭ガラの廃棄などの作業が必要。
運転には、走行操作をする機関士と、ボイラーに水や石炭を送る操作をする機関助士の2人が必要となるため、2倍の人員を必要とする(電気機関車やディーゼル機関車の場合1人で運転可能)
高温を発するボイラーを稼動させるために、運転士(機関士、機関助士)が過酷な労働を強いられる(とりわけ夏季の高温環境における石炭投入などの肉体労働の負担、冬季の寒気や雪の進入による肉体的負担)
性能が条件により変化し、一定しない(燃料の発熱量、タンク機関車の場合は燃料と水の残量も影響する)
有害な煤煙・ガスを排出(運転士、乗客、沿線住民いずれにとっても深刻な問題となった)し、大気汚染や酸性雨をもたらしたり、石炭は化石燃料なのでこれが燃焼することで地球温暖化の問題に繋がっている。
煙の火の粉により、時として火災を発生させる(藁葺きや木の屋根が普通であった時代には多発した)
保守に手がかかる
摩耗部分が多い
ボイラー部などの熱・高圧疲労・耐用年数による老朽化
水垢の蓄積
国鉄の蒸気機関車全廃による機構部品の生産終了
稼動の多い付属品では交換が多く部品が不足(コンプレッサー、給水ポンプなど)
燃料と水を補給する必要があり、大型機では約100kmごとに補給が必要。そのため、駅や機関区などに水、石炭などの補給や、使用済みの石炭ガラ処理用の大型設備が必要となる。
設計上逆向き運転が考慮されておらず、転車台・デルタ線・袋状の小さな環状線など方向転換のための設備を必要とする(後年にはC11やC56など逆向き運転が容易な形式も出現した)
電気機関車・ディーゼル機関車は当初性能面における信頼性が低く、そのため蒸気機関車が日本では昭和後期まで使用されていたが、以上のように欠点が多いため、国鉄は「動力近代化計画」として1959年(昭和34年)より蒸気機関車を15年間で全廃する計画を立て、予定より2年遅れたが1976年(昭和51年)には完了させた。
日本での歴史
日本の蒸気機関車史
国産の国鉄蒸気機関車
軽便鉄道・産業鉄道
鉄道省、そして規模の大きな私鉄向けの蒸気機関車は規格化・国産化された。しかし資本力の小さな鉄道向けの小型蒸気機関車までは国は関与しなかった。軽便鉄道、産業鉄道に向けては主にドイツ、コッペル社の小型蒸気機関車が廉価で高品質であったこともあり、第一次世界大戦までは大量に輸入され続けた。その後は日本車輌製造、雨宮製作所、あるいは深川造船所などのメーカーによって国産化が進み、第二次世界大戦期には立山重工業などの手による規格化設計機関車の量産も実施された。
軍用鉄道
鉄道連隊演習線
稼動している蒸気機関車
ダージリン・ヒマラヤ鉄道、ニルギリ山岳鉄道(世界遺産「インドの山岳鉄道群」を構成している。)
動態保存されている蒸気機関車(日本をはじめ、世界の複数の国で実施)。
保存鉄道の項目も参照。
日本国内については動態保存中の蒸気機関車を参照。
海外の歴史
イギリスの鉄道
ドイツの鉄道
アメリカ合衆国の鉄道
フランスの鉄道
ロシアの鉄道
蒸気機関車の発明・開発に関わった主要な人物
リチャード・トレビシック
1804年にイギリスで蒸気機関車を走行させる。鉄道史上初とされている。
ジョージ・スチーブンソン
公共鉄道で走行する最初の蒸気機関車「ロコモーション号」を制作。さらに「ロケット号」で蒸気機関車の基本設計を確立した。
ロバート・スチーブンソン
ジョージ・スチーブンソンの息子。父とともに蒸気機関車の実用運転に貢献。
マーク・イザムバード・ブルネル