蒸気機関車
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車体構成による分類
タンク式
石炭及び水を機関車本体に搭載する方式、主に小型機が多いが、4100形、4110形E10形など急勾配線専用の大型機にも採用例がある。小回りが利くなど長所があるが、長距離走行ができないなどの、短所がある。
テンダー式
石炭や水をテンダー(炭水車)に積載し、機関車本体に牽引させる方式。通常、機関車本体と炭水車を分離して運用することはないが、検査時は切り離しが可能である。長距離走行ができるなど、長所があるが、バック走行や、小回りが利かないなどの短所がある。
キャブ・フォワード型
プロイセン州立鉄道S5形テンダー式機関車のうち、機関車本体の前後を逆にしたもの。キャブ(運転室)を最前部に設けることにより機関士は煙害から免れることが出来、また良好な前方視界を得た。ドイツや、アメリカのカリフォルニア州の山岳地帯のトンネルが多い線区で使用された。
キャメルバック型(キャブ・ミドルワード型)
テンダー式機関車のうち、機関車の中央に運転台が位置しているもの。詳細はキャメルバック式蒸気機関車の項を参照。


関節式機関車

1両の機関車に2両分以上の走り装置を装備し、出力強化や曲線通過の容易化を図ったもの。
マレー式
アメリカのUSRA標準型マレーボイラーの下に2組の走り装置を設けた方式。後部動力台車はボイラーに固定されていて、高圧蒸気の供給を受けてシリンダーを駆動し、その排気を左右に首を振れる前部動力台車に送って径の大きな低圧シリンダーを再度駆動する複式機関車である。大型機が急曲線を通れるようにし、効率も上昇させることができる方式である。なお、出発時はインターセプト・バルブと呼ばれる弁を操作することで前部台車にも高圧蒸気を供給する。複式機関車の実用化に成功したアナトール・マレーが考案し1884年に特許を取得した。最初の機関車は1887年にベルギーで製造され、1889年のパリ万国博覧会に出品された0-4+4-0形機である。構造が複雑で取り扱いが煩雑であり、高速性能では通常型機関車に見劣りするが、機構上空転発生が抑止されるという大きなメリットがある。日本では9750形・9800形・9850形(いずれも0-6+6-0)が存在したが、短命であった。狭義の「マレー」はマレー式機関車の中でも0-6+6-0の動輪配置のもののみを指す。日本では0-4+4-0配置としてタンク式の4500形や4510形、あるいはテンダー式の9020形が存在したが、この内9020形はマレーに満たないと言う意味で「ベビーマレー」と呼んだ。実際には製造されなかったが、旧ソ連では2-4-4-2+2-8-8-2+2-4-4-2という超大型のマレーが5フィートゲージ用に計画され、6000馬力を発揮する予定であった。このマレーはフランコ・クロスティ式という特殊なボイラーを採用していた。
単式膨張型関節式(単式マレー式)
ユニオン・パシフィック鉄道4000形蒸気機関車(4014号機)日本にはない形式で、simple expansion articulated engine の訳語である。本来のマレー式は複式であるがこれは前部・後部のシリンダーが同径で、同じ圧力の高圧蒸気が供給される単式となっている。1910年代後半になって、関節式機関車の設計・製造・保守において問題となる自在継手式蒸気管の蒸気漏れの問題がある程度解消され、マレー式では低圧蒸気が供給されていた前部シリンダーへ後部シリンダーと同じ高圧蒸気が常時供給可能となったことで実現を見た。アメリカのペンシルバニア鉄道で1919年に開発され、以後、アメリカで製造されたビッグボーイなどの超大型関節機関車はすべてこの方式を採用している。厳密にはこれらをマレー式と呼ぶのは誤りであるが、便宜上「単式マレー式」(Simple Mallet)と称されることがある。これらはほとんどが2組の走り装置を持つものであるが、中には炭水車を含め3組の走り装置を持つものもエリー鉄道向けなど、わずかながら存在した。また、実際には製造されなかったが、4組、5組の走り装置を持つものも計画された。なお、アメリカで最後までディーゼル化の波に抗し続けたノーフォーク&ウェスタン鉄道は、1950年代に入ってからも蒸気機関車の改良を続け、マレー式についてはトルクの必要な低速度域では単式、時速25km/h以上では複式、とそれぞれの特性を最大限生かして高性能を実現する機構を自社で独自開発し、実に1958年まで新造と在来車の改造により、この機構をマレー式の各形式に導入していた。
ガーラット式
旧ソ連のYa-01形2組の走り装置を別々の車体に設け、その両車の間に跨ってボイラーを搭載した主台枠が首振り構造で載る方式。イギリスのハーバート・ウィリアム・ガーラット(Herbert William Garratt)により、列車砲をヒントとして1907年に考案され、ベイヤー・ピーコック社の協力で実用化された。大型機に多く見られたが、その最初の適用例となったタスマニア島政府鉄道K1形は610mm軌間の4+4配置であり、小型機にもこのタイプのものが少なからず存在した。走り装置上に水タンクが搭載され、その空積に関わらず常に死重となる炭水車が基本的に不要(しかも特に軸重制限の厳しい線区への入線時には、走り装置上の水タンクを空にして別途炭水車を連結することで軸重を標準より軽くすることも可能であった)、燃料・水の積載量が多く長距離を走行できる、ボイラー下が空間となるため、缶胴部や火室設計の自由度が高い、急曲線や勾配に強く高速化もマレー式以上に容易、車輪数が多くすることで1軸あたりの軸重を相対的に軽くでき、それでいて容易に牽引力の強化が可能となる、など様々な利点があり、インド、南アフリカなど英連邦所属の各国で多く採用された。もっとも、その勃興期が第一次世界大戦後であったため、日本では採用されなかった。計画だけに終わったが、ガーラット式の足回りをマレー式相当とする、ガーラット・マレー式機関車も提案されていた。なお、ガーラットは「ガラット」や「ギャラット」などと表記されることもある。
フェアリー式
ザクセン州立鉄道IIK形二つのボイラーを背中合わせに繋ぎ、その下に2組の走り装置を設けた方式。イギリスのロバート・F・フェアリー(Robert F.Fairlie)により1863年に考案され、イギリスやその影響下にあった国の軽便鉄道で使用された。2台の通常型タンク機関車を背中合わせに連結した形をしており、後述する双合式と似ている。急カーブに強い上、方向転換の必要が無いという利点があったが、ボイラーが運転台の中央を通っているため運転上不便であるという大きな欠点があったため、他の間接式に比べると普及しなかった。日本では鉄道連隊によりアメリカ製の1両のみ使用された。
メイヤー式
ザクセン州立鉄道IVK形マレー式と同じくボイラーの下に2組の走り装置を設けた方式。後部動力台車がボイラーに固定されておらず、前後の動力台車がそれぞれ完全に独立しており、シリンダーが中央に寄っているのがマレー式と異なる点である。フランスのジーン・ジャック・メイヤーにより。1861年に考案され、主にヨーロッパの地方鉄道で使用されていた。1894年にイギリスのキトソン社により改良されキトソン・メイヤー式となる。こちらは南米アフリカで使用されたが、地味な存在のまま終わった。また、バグナル社により改良された形式も存在した。
マッファイ式
バヴァリア号ドイツのマッファイ社により、1851年のゼメリング・コンテストのために考案された方式。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Smilegreen