蒋介石の死後、経済発展や大陸で生まれた外省人第一世代の高齢化による支配基盤の変化に伴い中華民国社会は経済的発展と民主政治の追求が唱えられるようになった。この期間中1977年には中?事件、1979年に美麗島事件が発生するなどその潮流は社会で表面化するまでになっていた。蒋経国は両岸関係を中心とする国際情勢と「台湾島の本土化」の情勢を早期に認識しており、経済のみが先行している中華民国は、「社会を更に解放し政治の民主化を実現してこそ初めて中華民国は存在できる」との認識を有していたとされている。1980年代、蒋経国は民主改革を推進し、戒厳令解除、政党結成とメディア規制の撤廃という開放政策を実施した。1987年7月15日、「国家安全法」が施行されると、38年間にわたり施行されていた台湾及び澎湖地区の戒厳令が正式に解除され、また30数年にわたって続いた政党結成とメディアへの規制を撤廃した。党大会や国民向けの声明では蒋一族の世襲の否定や、「私も台湾人である」と宣言するなど、明確に本土化を意識した態度をとっていた。
蒋経国と蒋方良の間には3男(蒋孝文、蒋孝武、蒋孝勇)1女(蒋孝章)をもうけた。また江西赴任中には章亜若との間に双子の章孝嚴(2005年3月改姓し「蒋孝厳」となる)と章孝慈を儲けている。蒋孝勇の長男である蒋友柏はメディアに「蒋介石のひ孫」としてしばしば登場する。
関連項目
F-CK-1(中華民国の国産戦闘機。経国の愛称がつけられた)
蒋介石
宋美齢
毛沢東
張学良
西安事件
中国国民党
中華民国の歴史
日中戦争
クレア・リー・シェンノート
フライングタイガース(アメリカ人義勇軍部隊)
台湾
ヨシフ・スターリン
スターリニズム
ソビエト連邦
外部リンク
⇒中華民国総統府公式サイト
先代:
厳家淦中華民国総統
1978年 - 1988年次代:
李登輝
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更新日時:2008年6月15日(日)18:32
取得日時:2008/06/30 03:17