台湾中正紀念堂200元紙幣
中正国際空港 - 桃園県にある台湾全島最大の国際空港で、英語では蒋介石の英語表記の略をとりC.K.S airport と呼ばれた。2006年、台湾桃園国際空港に改称された。
中正紀念堂 - 蒋介石を記念し、彼の没後に台北市中心部に作られた記念館。
慈湖紀念雕塑公園 - 台湾の民主化に伴い、次々と撤去され始めた蒋介石像を収集して展示している公園。蒋介石の遺体が安置された慈湖にある。現在も台湾全土から集められ、その数は200体近くに上ると言われている。
中正路 - 中華民国の一般的な道路の名前。おおむね都市の中核的な路線にその名が振られる。
紙幣 - 没後の1980年から、台湾元の高額紙幣に?介石の肖像が使われてきた。
李登輝政権末期から準備され、政権交代後の2000年以降発行された現行設計の紙幣でも、高額紙幣では科学技術・教育・スポーツを象徴する絵柄に取って代わられたものの、5券種中4番目にあたる200元紙幣に描かれている。ただし、日本の2000円札同様、市中での流通量は極めて少ない。なお、10元、5元、1元硬貨にも蒋介石が描かれている。
日本国内
箱根彫刻の森美術館中正堂 - 箱根彫刻の森美術館内にある。蒋介石からの恩義を日本の青年が未来永劫忘れないことを目的としてフジサンケイグループによって建てられた。
中正神社 - 蒋介石が、日本が敗戦した際に寛大な処置を取り、復員に便宜を図ったことなどを讃えるため建立。(愛知県幸田町)
蒋介石頌徳碑- 横浜市内の伊勢山皇大神宮内生誕100年記念に建立、傍に 統一教会幹部の助野健太郎による由緒書きがある。
中正堂会館- 日華文化協会が入居している。(港区南麻布 1968年竣工)
民進党政権は、台湾正名運動の一環として、台湾各地に残る蒋介石色の排除を進めている。しかし、民進党政権主導による脱蒋介石化には、最大野党中国国民党とこれの分派である親民等、新党など泛藍連盟の支持者からは批判的である。
最近では、これに基づいて行政院が2007年に蒋介石を記念する中正紀念堂を台湾民主紀念館と改名したが、立法院が改名に関する法律である台湾民主紀念館組織規程を否決したため、1ヶ月あまりで中正紀念堂に戻されることとなった。しかし、以後も館内の蒋介石像は228と書かれた横断幕や多数の凧によって覆い隠され、館内館外看板も民主紀念館のままであり、それまで行われていた中華民国軍の儀杖兵の配備も廃止されたままである。
また、高雄の文化中心(文化センター)の?介石像も撤去された。
日本における、(少なくとも)中国近代の歴史の記述では、中国人の名前の呼び方は、通常、「姓+字」ではなく、「姓+名」を用いる。例えば、袁世凱、毛沢東、周恩来、張作霖、孫文、黄興、宋教仁、段祺瑞などである。汪兆銘(「姓+名」に加えて、「姓+号」である「汪精衛」がしばしば用いられる)という例外があるが、日本との深い関係がその理由だとも推測される。これらと対比して、蒋介石の場合、「姓+字」が一般的に用いられているということのみならず、「姓+名」である「蒋中正」という呼び名が、専門家や一部の中国近代史に詳しい者以外には、日本においてはほとんど知られていない、かつ、使われていないという、奇妙な状態になっている。この理由は、(蒋介石による)自己使用説、日本マスコミ説(日本の新聞説)、日本政府公式文書説、歴史家説などがありうるが、現在までのところ不明である。なお、英語でも「Chiang Kai-shek」で、「蒋介石」を訳した呼び方となっている。
戦後、日本の歴代政権は台湾を反共陣営の一員として、また国連常任理事国として修好につとめていたが、日中国交回復の機運が高まると中国国民党の宣伝機関は危機感を強め、日本の保守メディアに急接近し様々な宣伝活動を行うようになった。代表例としてサンケイ新聞による蒋介石秘録の連載、國民新聞 (1972年-)による反中国共産党パンフレットの発行、マスコミ総合研究所の雑誌アジア・レポートの発行。そのような中で「以徳報怨」は多くの自民党政治家、保守言論人や右翼団体がこの言葉を引用し蒋介石礼賛を行った。
しかし90年代半ば、台湾の民主化が進み、台湾独立派の政党が誕生すると、蒋介石の後継である「ひとつの中国」を標榜する国民党は、むしろ親中共派的な位置に立つ事となった。日本国内において活動する台湾独立運動家たちが、敵の敵は見方、反中国の観点から日本の保守派に接近した。金美齢がコーディネートしたとされる小林よしのりの「台湾論」が成功を収め、日本の若者に対しても蒋介石=悪玉論が広まった。
日中戦争を肯定する立場の言論人も、中国側に非がある理由として、蒋介石の「侮日政策」をあげつらうようになった。蒋介石を高く評価する理由のひとつである「以徳報怨」も、日本軍に対抗出来ない状況による窮余の策である事が指摘されるようになった。それに引き摺られる形でかつて蒋介石を礼賛していた産経新聞や保守言論人も蒋介石に否定的な意見を述べるようになっている。
このような現況に対し、平沼赳夫は2008年1月28日にマスコミ総合研究所の会合で、蒋介石が日本の天皇制を守ってくれたと擁護し、日本の保守系政治家が台湾を訪れた時は蒋介石の墓に参るのが礼儀であったが近年は行われなくなったとの批判を行った。 また、小林よしのりの著作にも、蒋介石を単純な悪玉としてあげつらうことには否定的と見られる記述がある。
参考文献
?介石秘録取材班 『?介石秘録』全十五巻(産経新聞社)1975?77年
?介石秘録取材班 『?介石秘録?日中関係八十年の証言?』上下(産経新聞社)1985年