2007年4月11日に安倍晋三首相と温家宝首相が合意した日中共同プレス発表では、防衛交流として「両国の防衛当局間の連絡メカニズムを整備し、海上における不測の事態の発生を防止する[2]」と述べられている。同年4月16日、日本政府は自衛隊と中国人民解放軍の間にホットラインを創設する方針を表明した。
このように2007年頃から、自衛隊と中国人民解放軍の交流が進んでいる。
1996年(平成8年)に海上自衛隊艦艇がウラジオストクを訪問して以来、毎年艦艇の相互訪問を行っている。1998年(平成10年)以降は捜索・救難共同訓練を行っている。
2002年(平成14年)10月には、海上自衛隊50周年を記念した国際観艦式に招待されソ連海軍時代を含めて初めてロシア海軍の潜水艦の日本寄港があった。
海上自衛隊と韓国海軍との間では、1994年(平成6年)年から艦艇の相互訪問が開始された。更に1999年(平成11年)年には初の捜索・救難共同訓練を行った。
2000年以降、隔年で韓国で開催されている韓国国際軍楽祭には、2002年(陸自中央音楽隊が参加)・2004年(陸自中央音楽隊が参加)・2006年(空自航空中央音楽隊が参加)に参加している。
インド海軍艦艇の訪日は1969年(昭和44年)が初である。また、2007年(平成19年)4月16日には、日米印3ヶ国間訓練が初めて実施された。房総南方海域で行われ、海上自衛隊からは第1護衛隊群司令の指揮する護衛艦4隻、米海軍からは第5空母打撃群司令の指揮する駆逐艦2隻、インド海軍からは東部方面艦隊司令官(R・K・ドワン海軍少将)の指揮する駆逐艦2隻(駆逐艦「マイソール」、ミサイルコルベット艦「クタール」)・補給艦1隻(「ジョティ」)が参加し、通信訓練、近接運動、戦術運動等が行われた。
フィンランドとの防衛交流は1959年に統合幕僚会議議長・林敬三陸将が同国を訪問して以来始まった。
自衛隊の活動は防衛出動、災害派遣、治安維持、広報などの多岐にわたっており、それらの出動命令などは自衛隊法によって定められている。主なものを下に挙げる。
詳細は防衛出動を参照
自衛隊の防衛出動は自衛隊法第76条によって定められており、日本が他国からの侵略を受けた時、または侵略を受ける恐れがある時に、国会の承認を受けた上で内閣総理大臣の命令により出動する。この命令が出された場合、他国からの侵略を受けている時に限り自衛隊は武力の行使が可能となる。この命令が出された場合、日本は事実上戦争状態にあるといえる。
災害派遣新潟県中越地震新潟県中越地震
新潟県中越地震(小千谷市)
詳細は災害派遣を参照
自衛隊の災害派遣は自衛隊法第83条によって定められており、天災人災を問わず災害時に各都道府県知事、災害対策本部長などの要請によって防衛大臣やその指定するもの部隊等に出動を命令し、救済活動を行う。災害に際し、要請を待ついとまがない緊急事態と考えられる場合(震度5弱以上など)は要請を待たないで情報収集や救助のため部隊を派遣することができる。災害派遣には大規模災害派遣、原子力災害派遣が含まれている。 なお、震災直後の市街地における消火任務は自衛隊に課されていない為に、林野火災において中核的役割を果たしてきた自衛隊大型ヘリコプターによる空中消火体制は整備されておらず、首都直下地震(経済被害112兆円余り)等において、地上消防力不足によって阪神・淡路大震災の二の舞を演ずることが懸念されている。災害派遣は地震、台風などの大雨の際、また三宅島や大島の噴火の際などにも出動しておりニュースでも伝えられるため、一般的によく知られている。また地下鉄サリン事件や日本航空123便墜落事故など消防のみでは対処が困難な大きな事件、事故の際にも出動している。それ以外にニュースとして伝えられることは少ないが離島からの急患輸送や遭難者の捜索も災害派遣である。
上記の命令系統と異なる災害派遣として防衛省施設などの近傍における火災(災害)がある。近傍火災は自衛隊法第83条第3項に定められており、近傍において火災その他の災害が発生した場合、部隊長が必要に応じて部隊の派遣を行うことができる。
災害派遣の件数は毎年約800回前後で、平成16年度では急患輸送が年616回、次いで消火支援が102回(うち近傍火災が92件)で、その他すべてをあわせ自衛隊全体で884回出動している。過去最大の災害派遣は1995年の阪神・淡路大震災で、のべ約225万人が派遣されている。
詳細は治安出動を参照
自衛隊の治安出動は自衛隊法第78条および第81条によって定められており、第78条では命令による治安維持を定めている。内乱や騒擾状態など何らかの理由により警察力のみでの治安維持が不可能となった場合に内閣総理大臣の命令により出動する。国会の承認は命令出動後20日以内に付議される。
第81条では都道府県知事からの要請を受けた場合の治安維持を定めており、国会の承認は必要なく内閣総理大臣の命令によって出動を行う。基本的に治安維持活動の場合警察官職務執行法を準用する。この治安出動は、1960年代の安保闘争の際、発動が検討されたが、結局実際には出動しなかった。
国民保護法並びに自衛隊法の一部を改正する法律により、改正されたいわゆる改正自衛隊法第75条には、自衛隊の新たな出動体制として国民保護等派遣の業務が加わることとなった。
いわゆる武力攻撃災害やテロなどが発生した際、都道府県知事の要請に基づき、防衛大臣の命で国民保護のための措置をとることができるとされた。国民保護派遣ではなく、国民保護「等」派遣として規定されているのは、国民保護法が想定する事態として武力攻撃のみならず、テロに際しても武力攻撃事態に準じた措置がとれるように柔軟な表現になっている。
この国民保護等派遣において自衛隊が果たす役割とは、武力攻撃事態等又は緊急対処事態において、避難住民の誘導をはじめ、集合場所での人員整理、避難状況の把握などの他、避難住民などの救援つまり、食料品及び飲料水の供給、物資の供給、医療活動、捜索及び救出などの活動が主に期待されている。