イマヌエル・カントは、『純粋理性批判』において自然の因果系列とは独立にあらたな系列を始める絶対的開始の能力として超越論的自由を論じた。この超越論的自由は理論理性においては単に消極的に想定可能であるだけであったが、『実践理性批判』においては道徳法則に自ら従う実践的自由を積極的に論じた。
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仏教用語での自由は、「自に由る」(おのずからに、よる)の意味から無我や自己責任の概念で使われる。
転じて勝手気侭の意味とされる。
冷戦時代には、共産主義の対義語として、自由が多用された。共産主義では自由権が保障されない、と言うのだが、ことさらに自由を述べ立てる反共国家では、逆に自由権が制約されている場合が多かった。派手な反共活動で知られた世界基督教統一神霊協会は、共産主義の指標として、「言論・出版・思想・集会・結社の自由のない社会」を挙げるが、残念ながらそれらは全て全斗煥政権に当てはまる、と浅見定雄は述べる。
福沢諭吉がリバティを訳するに際して、仏教用語より「自由」を選んだ。初めは、「御免」と訳す予定であったが、上意の意味が濃すぎると考え、あらためた。朝鮮語や中国語でも「自由」という単語が使われているが、中国語の「自由」は漢文由来であり、朝鮮語の??(「自由」のハングル表記)は漢文由来の意味に日本統治時代に流入した日本人による訳語としての意味、さらに北朝鮮ではチュチェ思想に基づく独自の解釈の「自由」の意味を含んでおり、同じ漢字でも受ける印象は社会体制により異なる。
日本国憲法には以下のような自由権が謳われている。
精神的自由
思想・良心の自由
信教の自由
学問の自由
集会の自由
結社の自由
表現の自由
経済的自由
居住移転の自由
職業選択の自由
外国移住・国籍離脱の自由
人身の自由
奴隷的拘束・苦役からの自由
令状なき不当な勾留からの自由
勾留拘束に当たっての法定手続の保障
脚注^ ジーニアス英和大辞典、Oxford Dictionary of English など
^ フロムは全体主義という一政治体制だけではなく近現代社会が自由から逃走していることにも警鐘を鳴らしている。
関連項目ウィキクォートに ⇒自由に関する引用句集があります。ウィクショナリーに ⇒自由の項目があります。
責任
権利
義務
憲法
イマヌエル・カント
自由意志
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更新日時:2008年7月14日(月)03:38
取得日時:2008/08/20 14:39