ローマ帝国
イリパの戦いで、カルタゴの将軍マゴ・バルカとハスドルバル・ギスコがローマ帝国の将軍大スキピオに破れた。マゴはカディスまで敗走し、船でバレアレス諸島に向かった。
大スキピオはカディスを防衛し、ローマ帝国によるスペイン全土の支配が確立した。カルタゴ人はスペインから撤退し、ヒスパニアはローマ帝国の属州となった。
イリパの戦いで負傷したローマ兵の居留地として、大スキピオによりイタリカの町が建設された。
カルタゴ人の駆逐に成功すると、大スキピオはローマに凱旋し、執政官に選出された。彼はさらに北アフリカに残るカルタゴ人の領土を攻める準備をした。
カルタゴ
北アフリカに帰還したハスドルバル・ギスコは、娘をヌミディアの王であるシュファクスに嫁がせ、軍事同盟を結んだ。
カルタゴと同名を結んでいたヌミディアの王マシニッサは、カルタゴを見限ってローマ側についた。シュファクスはマシニッサを追放し、自らが王になった。これに対してローマ帝国はマシニッサの地位を認めた。
ペルシャ
パルティアの王アルサケス2世はバクトリア王のエウティデモス1世との戦いに敗れて領土を失った。
セレウコス朝の王アンティオコス3世はヒンドゥークシュ山脈を通ってカーブルまで行進し、マウリヤ朝の王Sophagasenusと和解をした。
ギリシャ
マケドニア王国とローマ帝国の間で戦争が起こったが、ローマ帝国の狙いは征服にはなく、ギリシャの政治を分断して脅威の目を摘んでおくことにあった。
マケドニア王国の王ピリッポス5世はローマの隙を突いてアエトリアを攻め、平和条約を結ばせた。
中国
秦の皇帝子嬰は劉邦に降伏した。これによって秦王朝は滅亡し、前漢が建国された。しかし項羽との間に楚漢戦争が勃発し、紀元前202年まで続いた。
死去
子嬰、秦王朝の最後の君主
カテゴリ: 紀元前206年
更新日時:2008年8月8日(金)00:12
取得日時:2008/08/12 04:11