翌年おこなわれた第3会期では信徒のオブザーバーたちもが招聘されて、多くのシェーマが精力的に検討された。特に教皇の首位権に関する第1バチカン公会議の決議を尊重しつつ、司教団の団体性指導原理を強調するという方法に関しての議論が白熱した。会期がすすんでもなかなか教令が形にならないことで参加者たちもあせり始めたが、最終的に『東方カトリック諸教会に関する教令』、『エキュメニズムに関する教令』 、『教会憲章』(Lumen Gentium)が成立させることができた。『司祭の役務と生活に関する教令』などのシェーマはいまだに不十分であるとして差し戻された。
公会議は1965年にいよいよ予定された最終会期を迎えたが、依然として11の草案が決議に至らずに残されていた。特に「シェーマ13」と呼ばれた現代世界と教会のありかたに関する文章は重要案件であり、何度も修正が重ねられていたが、いまだにまとまるめどがたたなかった。『信教の自由に関する宣言』 の草稿も議論が繰り返されたが、なかなか多数に受け入れられるものになっていなかった。
この会期の初頭で教皇が、司教会議(シノドス)を立ち上げることを宣言したことが大きなニュースとなった。シノドスは実際に公会後終了後に各地で行われることになり、現代に至っている。
最終的に啓示の扱いについて紛糾した『神の啓示に関する教義憲章』(啓示憲章 Dei Verbum)が参加者の賛成多数によって成立に至ったことで、すでに議論が重ねられていたシェーマも続々と成立していった。それらは『教会における司教の司牧任務に関する教令』、『修道生活の刷新・適応に関する教令』、『司祭の養成に関する教令』、『信徒使徒職に関する教令』、『教会の宣教活動に関する教令』、『司祭の役務と生活に関する教令』 および『キリスト教的教育に関する宣言』 、『キリスト教以外の諸宗教に関する教会の態度についての宣言』、『信教の自由に関する宣言』 といったものであった。もっとも難産となった憲章、現代世界とのかかわりについて何をどこまで踏み込んで表現するかが議論となった『現代世界憲章』(Gaudium et Spes)は12月にはいってようやく成立し、参加者一同が胸をなでおろした。
12月8日、教皇はサン・ピエトロ広場で公会議の終了を宣言し、世界のあらゆる人々にむけたメッセージを発表。ここに4年にわたった第2ヴァティカン公会議の幕が下ろされた。
公会議のテーマは多岐にわたっているが、ここでは主なものをあげる。
公会議の目に見える形でのもっとも大きな成果となったのが、中世以来の懸案であった教会論の確立である。これは『教会憲章』にみることができる。
第1章「教会の秘儀について」では、カトリック教会が唯一にして聖であり、普遍的なものであること、イエスがペトロに与えた権能を引き継ぐ教皇と司教たちによって治められる組織であるといいつつ、カトリック教会以外にも聖化と真理の要素が数多く見出されると補足する事で独善的傾向を避けている。
第2章「神の民について」では神が個人でなく人々のグループを聖性に招いていること、その祖形がユダヤ民族に見られることを示す。また、カトリック教会に属さないキリスト教徒たち、ユダヤ教徒、イスラム教徒たちも唯一の神において互いに結ばれていると言明される。
第3章「教会の聖職位階制度、特に司教職について」では第1ヴァティカン公会議の議論を補完する形で教皇職の意味と司教団の団体制原理が示される。
以下、第4章「信徒について」、第5章「教会における聖性への普遍的召命について」、第6章「修道者について」、第7章「旅する教会の終末的性格および天上の教会との一致について」、第8章「キリストと教会の秘儀との中における神の母、処女聖マリアについて」と続くが、特にその中でそれまで聖職者・司祭は信徒より聖性のレベルが高いとみなしてきた教会が「すべての人が聖性に招かれている」という表現をしたことが革新的であるといえる。特にキリスト教の2000年の歴史の中で初めて信徒が公式文書の中で言及されたことは特筆に価する。また、第8章のマリア論に関する部分は元来独立した文章になる予定であったが、エキュメニズム的観点とカトリック以外のキリスト教に対して攻撃的になってはならないという配慮からこの中に組み込まれた。
この公会議の後、外見的な部分で教会が変わったと人々を実感させたのは典礼の改革であった。この精神は『典礼憲章』にくわしい。教会は典礼においてすべての人が積極的にこれにかかわることが求められるとして、多くの改革を実行した。たとえばそれまでほとんどラテン語で行われていたミサおよび典礼の諸儀式が各国語で行われることになった。また司教の判断のもとに(全世界で一様でなく)その地域文化に根ざした典礼のあり方が模索されることになった。(典礼の見直しにともなって、レクイエム・ミサにおける続唱(「怒りの日」など)も廃止された。歌詞の内容があまりにも最後の審判への不安や恐怖を強調しすぎており、本来のキリスト教の精神から遠いというのが理由であった。)
カトリック教会は古代以来一貫して重要視してきた「聖書と聖伝(聖なる伝承)」を保持しつつも、その現代世界への適応を目指した。具体的には聖書の各国語訳のさらなる研究が推奨された。そして聖職者と信徒にとっての聖書研究の重要性が改めて認識された。それまでのカトリック教会は聖書の研究は聖職者がすることであるとみなし、信徒がすすんで研究することはあまり推奨していなかったのである。
教会における司教の位置づけも新しい観点によって照らしなおされた。特に司教の団体制という考え方がこの公会議の精神の特徴になっている。これは教皇と司教団がペトロと使徒たちのように1つとなって教会を司牧していくという考え方である。また、公会議以降それぞれの地域で司教たちが集まって会議を開くようになった。これがシノドスである。ただ、シノドスでの議決については三分の二以上の賛成と聖座の認可によって初めて有効性を持つということが定められている。
アジョルナメント(現代化)をテーマに行われた公会議は、教会の現代世界への適応にかける強い意気込みを示すことになった。この会議での決定事項は以降、パウロ6世によって実施が推進され、ヨハネ・パウロ1世からヨハネ・パウロ2世へと公会議理念の実践がすすめられていくことになる。
公会議文章一覧
『典礼憲章』(Sacrosanctum Concilium)
『教会憲章』(Lumen Gentium)
『神の啓示に関する教義憲章』(啓示憲章 Dei Verbum)
『現代世界憲章』(Gaudium et Spes)
『広報機関に関する教令』
『東方カトリック諸教会に関する教令』
『エキュメニズムに関する教令』
『教会における司教の司牧任務に関する教令』
『修道生活の刷新・適応に関する教令』
『司祭の養成に関する教令』
『信徒使徒職に関する教令』
『教会の宣教活動に関する教令』
『司祭の役務と生活に関する教令』
『キリスト教的教育に関する宣言』
『キリスト教以外の諸宗教に関する教会の態度についての宣言』
『信教の自由に関する宣言』
関連項目
回勅『フマーネ・ヴィテ』
解放の神学
参考文献
南山大学監修、『第2バチカン公会議公文書全集』、中央出版社、1986