日本と敵対関係にあったソビエト連邦は共産党中国支部の設立を支援した。またコミンテルンを通じて中国の共産化政策を強力に押し進めた。1937年8月13日の日中両軍の全面衝突から10日足らずで中ソ不可侵条約を結んで、蒋介石国民政府をも物資だけでなく人も含めた全面的な支援をして、国民政府の反共産化政策を放棄させるのに成功した。
また日本の伸張に危機感を持ったアメリカは、蒋介石の妻の宋美齢によるフランクリン・D・ルーズヴェルト大統領への強い働きかけを受けて「義勇軍」という形を取って1941年から中華民国軍に武器や軍事顧問の派遣などの形で援助を行ったほか、同年12月の日本との開戦後には中国共産党軍にも武器などの軍事支援を行った。
1945年8月の日本の太平洋戦争敗戦は、国共統一戦線の意義も名目もなくなり、再び内戦開始の合図となった。共産党軍は、東北に侵入したソ連軍の支援を受け、徐々に南下して国民政府軍を圧迫した。日本軍の前面に立って戦力を消耗した国民政府軍と、後方で力を蓄えると共に巧みな宣伝活動で一般大衆を味方にした共産党軍の戦いは1949年に共産党の勝利で終わり、中華人民共和国の成立に至った。敗れた国民政府は台湾に移駐した。
関連項目
中国人民解放軍
八・一宣言
援蒋ルート
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カテゴリ: 中華民国の政治 | 20世紀の中国史 | 中国社会主義 | 中国の歴史関連のスタブ項目
更新日時:2008年8月18日(月)11:14
取得日時:2008/10/05 23:44