立憲君主制
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公式見解への反論

公式見解に対する反論がいくつかなされている。


佐々木弘道の説

日本国憲法上、天皇は、その権限を6条の任命権と7条国事行為の限定列挙(加えて4条2項の国事行為の委任に関する規定を含めることもある)により量的に限定され、かつ質的にも、3条により政治的決定権を剥奪され、また6条において実質的決定権の所在を規定することで天皇の行為が形式的なものであることを明らかにしている。かくして天皇の権限は名目的・形式的なものに限定されている。このような一般的な英国型立憲君主制に比して君主権力がよりいっそう消極的な、日本独特の君主制である天皇制を、象徴天皇制としている[8]


芦部信喜の説

憲法学者である芦部信喜によると、「君主」は

その地位が世襲で伝統的な権威を伴う

統治権、少なくとも行政権の一部を有する

などが要件とされる[9]。 元首の要件で特に重要なものは、外に向かって国家を代表する権能(条約締結権など)であるが、天皇は「象徴」という主権者の枠外におかれ(憲法第1条)、「国政に関する権能を有しない」者であると規定され(第4条)、国事行為においても「認証」「接受」という形式的・儀礼的行為しか認められていない。憲法1条の規定の主眼は、国の象徴たる役割を強調するというよりも、むしろ天皇が象徴以外の「元首」「君主」としての役割を持つことを積極的に禁止した、と解釈する。「国民主権」を原則とする以上、天皇に対し「象徴」以外の権能を、憲法改正等による主権者からの付託を伴わずに与えることには現行憲法上問題がある、とする。


脚注^ 榎原猛『君主制の比較憲法学的研究』有信堂、1969年、46頁以下。ただし榎原の分類においては、君主主義的立憲君主制度と専制君主制度(主権者たる君主が国権を発動するに際し、独立機関を通じず直接行使すること)との区分が、やや明白ではないように思われる。榎原は、1960年代のサウジアラビア、ネパールを「専制君主制度」とし、同年代のモナコ、エチオピアを君主主義的立憲君主制度としている。しかしネパールについては、一応は憲法典が存在したのであり、「外見的立憲君主制度」の君主主義的立憲君主制度の国と分類できなくはないはずである。また榎原自身、モナコは「専制君主国に数えることも法理的に無理ではないであろう」(同書125頁)とし、エチオピアは「われわれをして、『立憲君主制度』といいきることに、若干のためらい与える」(同書147頁)として、分類に迷いが見られる。
^ 同上、56頁以下
^ 日本国憲法において天皇が元首であると明文化されていないことから、日本が立憲君主国であるかは学説上の議論があるが、日本政府は実務上天皇を元首として取り扱っており、諸外国も同様に認識しているため事実上の立憲君主国として含めた。「憲法での君主規定」も参照のこと。
^ マレーシアの国王は正式にはアゴンと呼ばれ、各州スルターンによる輪番制である。象徴的存在であり実権を有さない。
^ アンドラ公国は、「公国」と冠しているものの世襲の君主は存在せず、実態はフランス元首(大統領)とウルヘル司教の二名の共同大公を戴く議会制である。憲法で国民主権が明記され、また元首の職務も大公使の接受、法律・条約の認証など儀礼的であり、実際の外交権は内閣が、条約の締結は国会が行使する。
^ 1973年6月28日参議院内閣委員会、政府委員・吉國一郎内閣法制局長官答弁
^ 1988年10月11日参議院内閣委員会、大出峻郎内閣法制局第一部長答弁
^ 山内敏弘編『新現代憲法入門』法律文化社、2004年、245頁以下
^ 「国家と法I」放送大学出版会


参考文献

山内敏弘編『新現代憲法入門』法律文化社、2004年


関連項目

立憲主義

立憲君主派

君主制

専制君主制

絶対君主制

天皇制

象徴天皇制

尾高・宮沢論争(日本国憲法下における主権の所在に関する論争)


外部リンク

衆議院憲法調査会 象徴天皇制に関する基礎的資料 pdfファイル。天皇は元首・君主かどうかについての議論。
カテゴリ: 出典を必要とする記事 | 君主制 | 政体

更新日時:2008年8月11日(月)19:32
取得日時:2008/08/31 08:44


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Mamenoki