戦時
戦闘機や対空火器による戦域の航空優勢の確保。
爆撃機などによる敵勢力への攻撃。
輸送機による兵站支援。
敵国の主要都市・工場などに対する戦略爆撃。
軍隊共通の組織体制に関しては軍隊#組織形態を参照されたい。
空軍部隊の編制が国によって一様ではない。 まず2機の航空機から成る飛行小隊(Section, Element)、この2個以上の飛行小隊から成る飛行中隊(Flight, Platoon)、2個以上の飛行中隊から成る飛行大隊(Squadron)がある。これら飛行小隊・飛行中隊・飛行大隊は基本的に同一の機種で編制されている。この飛行大隊は主要任務群(Group)として構成され、整備隊・補給隊・防空隊・施設隊・警備隊・航空管制団などから成る支援任務群や専属の司令部とあわせて独立的な作戦行動をとることが出来る航空団(Wing)となり、戦闘機を主要な戦力とした航空団は戦闘航空団(Combat wing)と呼ぶ。この2個以上の航空団から編制された部隊が航空師団(Air division)であり、これは任務によって様々に改編される場合もある。
航空部隊
主戦力:平時は領空保全を行い、戦時はそれに加えて敵対国・組織を空から攻撃する。戦闘機・攻撃機・爆撃機・偵察機・観測機・早期警戒機(早期警戒管制機)・連絡機などを運用する部隊。冷戦時代は核兵器を搭載した戦略爆撃機を運用する戦略空軍が独立部隊として存在していた。
空輸部隊:輸送機・空中給油機などを運用して、空軍の兵器・兵員や陸軍部隊を輸送する。
訓練部隊:パイロットの養成を行う部隊、訓練には専用の練習機を使用する。
支援部隊
地上部隊:航空機の整備・補給に携わる部隊、飛行場を運営する部隊。飛行場の防衛に当たる部隊が空軍に属する場合もある。第二次世界大戦中のドイツ空軍(ルフトヴァッフェ)では空軍の指揮下に地上の対空砲部隊や歩兵部隊も存在した。現在においても、スリランカなど内戦の激しい発展途上国やベトナム戦争時のアメリカ空軍においては、基地・飛行場警備を主任務とする大規模な地上部隊を編成していた。なお、日本においては地対空誘導弾改良ホークは陸上自衛隊に、地対空誘導弾ペトリオットは航空自衛隊に所属している。
これらとは別に、近接航空支援(CAS)を目的とした通信兵が陸軍部隊に派遣される事がある。これは、機種の異なる無線機に対応したもので、通信兵は陸軍の兵装に準ずる。第二次世界大戦以降に発達し、ベトナム戦争において活発に投入された。現在、アメリカ空軍は、これをより大規模・特殊部隊化させた部隊を保有しており、陸軍とは分離した形でアフガニスタン等に投入しているといわれる。
戦略ロケット軍、宇宙軍:戦略ロケット兵器やスペースシャトル、宇宙ステーションを使用する部隊。中国人民軍では第二砲兵という独自の呼称を使用する。
飛行機の歴史は、1903年アメリカのライト兄弟の飛行から始まる。初期の飛行機は空を飛ぶことに専念し、戦闘に使われることは想定されなかった。
航空機が戦力として使われたのは第一次世界大戦から。大戦初期 航空部隊の任務は偵察のみで戦闘に携わることは無かったが、途中から戦闘機や爆撃機が誕生し、ドイツ・フランス・イギリス・アメリカ・カナダ・イタリアなどの国で多数の戦闘機や爆撃機が生産・使用された。この時期にイギリス空軍(ロイヤルエアフォース)とドイツ空軍(ルフトバッフェ)が組織として誕生した。ドイツ空軍はその後敗戦により2回解体されたが、イギリス空軍は現在まで続いている。この大戦では戦闘機同士の空中戦、ドイツ飛行船(海軍に所属)・爆撃機による夜間都市爆撃、イギリス海軍機(水上機)によるドイツ軍基地攻撃など今まで無かった新しい戦争の形態が出現した。しかし、当時の飛行機は技術的・数量的にも未発達で、空軍力が陸・海の戦争の帰結を左右するほどではなかった。
第一次世界大戦が終了すると大戦参加各国の航空部隊は大幅に縮小された。当時の飛行機は木製で耐久性に乏しかったため、大部隊を維持するには常に大量に更新する必要があったためでもある。その中でイタリアのジュリオ・ドゥーエ少将は将来の戦争は戦略爆撃が戦争の勝敗を決する旨の構想を明らかにし、アメリカのウィリアム・E・ミッチェル准将は航空爆撃の効果を重視し爆撃機の攻撃により(旧式ではあるが)戦艦を撃沈できることを証明した。彼らの見解は直ちに受け入れられたとは言いがたいが、将来の戦争形態について各国の関係者たちに影響を与えた。1930年代中期まで、各国空軍は技術の進歩にあわせて新しい機体を採用しつつも規模は小さいままであった。1930年代後半にアドルフ・ヒトラーが率いるナチス・ドイツが再軍備を宣言し空軍を急速に増大させると、これに対抗してイギリス・フランス・アメリカ・ソ連などが空軍の強化を開始した。