支援部隊
地上部隊:航空機の整備・補給に携わる部隊、飛行場を運営する部隊。飛行場の防衛に当たる部隊が空軍に属する場合もある。第二次世界大戦中のドイツ空軍(ルフトヴァッフェ)では空軍の指揮下に地上の対空砲部隊や歩兵部隊も存在した。現在においても、スリランカなど内戦の激しい発展途上国やベトナム戦争時のアメリカ空軍においては、基地・飛行場警備を主任務とする大規模な地上部隊を編成していた。なお、日本においては地対空誘導弾改良ホークは陸上自衛隊に、地対空誘導弾ペトリオットは航空自衛隊に所属している。
これらとは別に、近接航空支援(CAS)を目的とした通信兵が陸軍部隊に派遣される事がある。これは、機種の異なる無線機に対応したもので、通信兵は陸軍の兵装に準ずる。第二次世界大戦以降に発達し、ベトナム戦争において活発に投入された。現在、アメリカ空軍は、これをより大規模・特殊部隊化させた部隊を保有しており、陸軍とは分離した形でアフガニスタン等に投入しているといわれる。
戦略ロケット軍、宇宙軍:戦略ロケット兵器やスペースシャトル、宇宙ステーションを使用する部隊。中国人民軍では第二砲兵という独自の呼称を使用する。
飛行機の歴史は、1903年アメリカのライト兄弟の飛行から始まる。初期の飛行機は空を飛ぶことに専念し、戦闘に使われることは想定されなかった。
航空機が戦力として使われたのは第一次世界大戦から。大戦初期 航空部隊の任務は偵察のみで戦闘に携わることは無かったが、途中から戦闘機や爆撃機が誕生し、ドイツ・フランス・イギリス・アメリカ・カナダ・イタリアなどの国で多数の戦闘機や爆撃機が生産・使用された。この時期にイギリス空軍(ロイヤルエアフォース)とドイツ空軍(ルフトバッフェ)が組織として誕生した。ドイツ空軍はその後敗戦により2回解体されたが、イギリス空軍は現在まで続いている。この大戦では戦闘機同士の空中戦、ドイツ飛行船(海軍に所属)・爆撃機による夜間都市爆撃、イギリス海軍機(水上機)によるドイツ軍基地攻撃など今まで無かった新しい戦争の形態が出現した。しかし、当時の飛行機は技術的・数量的にも未発達で、空軍力が陸・海の戦争の帰結を左右するほどではなかった。
第一次世界大戦が終了すると大戦参加各国の航空部隊は大幅に縮小された。当時の飛行機は木製で耐久性に乏しかったため、大部隊を維持するには常に大量に更新する必要があったためでもある。その中でイタリアのジュリオ・ドゥーエ少将は将来の戦争は戦略爆撃が戦争の勝敗を決する旨の構想を明らかにし、アメリカのウィリアム・E・ミッチェル准将は航空爆撃の効果を重視し爆撃機の攻撃により(旧式ではあるが)戦艦を撃沈できることを証明した。彼らの見解は直ちに受け入れられたとは言いがたいが、将来の戦争形態について各国の関係者たちに影響を与えた。1930年代中期まで、各国空軍は技術の進歩にあわせて新しい機体を採用しつつも規模は小さいままであった。1930年代後半にアドルフ・ヒトラーが率いるナチス・ドイツが再軍備を宣言し空軍を急速に増大させると、これに対抗してイギリス・フランス・アメリカ・ソ連などが空軍の強化を開始した。極東では日中戦争を始めた日本の陸軍と海軍の航空隊が増強され始めた。特に海軍では山本五十六の主導の下、従来の戦艦主体の艦隊から航空母艦を主力とする海軍への切り替えが始まった。この時期イギリスは空母搭載機も空軍に所属していたがこれは明らかに不合理で、海軍用の機体は地上を基地とする機体に比べて更新が大幅に遅れた。イギリス海軍が大戦前半に複座戦闘機フルマーや複葉攻撃機ソードフィッシュで戦った原因はここにある。その後イギリスも空母搭載機は海軍所属に変更した。
第二次世界大戦では、空軍は戦争の主力となった。海上でも陸上でも制空権を有する側が勝利を得た。大戦初期ではドイツの電撃作戦は制空権を握ったドイツ空軍が多数の爆撃機を使用して成功し、日本の海軍航空隊はパイロットの優れた技量と集中的な投入によって真珠湾攻撃やマレー沖海戦などで米英海軍を圧倒した。この結果長年海軍の主力であった戦艦はその座を失い、航空母艦が海軍の根幹となり戦争中多数建造された。第二次世界大戦では爆撃機による都市への無差別攻撃が盛んに行われ、直接戦闘員以外の損害も著しく増えた。また、特攻隊という100%の戦死を前提にした非人道的な作戦も大日本帝国では太平洋戦争末期に導入された。最後は米軍による広島・長崎への原爆投下にいたった。戦争中に生産された機体数はアメリカが約30万機、ソ連が約15万機、他の国も数万?10万機を生産し戦場に投入した。組織として独立した空軍を擁した国はイギリス・ドイツ・イタリア・フランス・ソ連で、日米の2国は陸軍航空隊と海軍航空隊で戦った。大戦中に対潜哨戒機やヘリコプターが実用化され、飛行機による物資・人員の輸送が一般化された。
1947年9月18日に、アメリカ陸軍航空隊から空軍が独立した。主要国でも組織としての空軍が一般化した。例外としてはスイスやオーストリアなどは現在も陸軍の所属であり、名義上では空軍として独立していても、指揮系統において陸軍の下に位置する。
日本においては、保安隊(陸上自衛隊の前身)・警備隊(海上自衛隊の前身)時代には、航空部隊は保安隊・警備隊に分属していたが、1954年(昭和29年)に自衛隊に改組される際に、国際の趨勢に従い航空自衛隊として分離独立することとなった。