租・庸・調
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調

正丁・次丁・中男(17〜20歳の男性)へ賦課された。繊維製品の納入が基本であり(正調)代わりに地方特産品34品目または貨幣による納入も認められていた。(調雑物)これは中国の制度との大きな違いである。京へ納入され中央政府の主要財源として、官人の給与(位禄・季禄)などに充てられた。 京や畿内では軽減、飛騨では免除された。


正調

調の本体であり、繊維製品をもって納入した。正調は大きく分けてで納入する調絹(ちょうきぬ)とで納入する調布(ちょうふ)に分けることが出来る。当時において、絹は天皇などの高貴な身分の人々が用いる最高級品であり、その製品は「布」とは別の物とされていた。従って当時の調布とは、をはじめなどの絹以外の繊維製品を指していた。

時代によって違うものの、大宝律令養老律令の規定に基づけば、

調絹は長さ5丈1尺・広さ2尺2寸で1疋(1反)となし、正丁6名分の調とする。

調布は長さ5丈2尺・広さ2尺4寸で1端(1反)となし、正丁2名分の調とする。

とされていたが、実際の運用においては、養老年間に改訂が行われ、

調絹は長さ6丈・広さ1尺9寸で1疋(1反)となし、正丁6名分の調とする。

調布は長さ4丈2尺・広さ2尺4寸で1端(1反)となし、正丁1名分の調とする。

とする規定が定められて、これを元に徴収が行われていた。

特に美濃国で作られた?絹織物)である美濃?と上総国で作られた布(麻織物)である望陀布は、古くから品質は上質とされ、かつ東国豪族の忠誠の証を示す貢納品としても評価され、「東国の調」と呼ばれて古くから宮中行事や祭祀に用いられてきた。このため、美濃?・望陀布に関する規定が特別に設けられていた。


調副物

調に付属した税。正丁のみ紙や漆など工芸品を納めた。

調・庸・調副物は京に納入された。納入する人夫を運脚といい、かかる負担は全て自弁であり大きな負担となった。

註:飛騨は調・庸を免除され替わりに匠丁(しょうてい、たくみのよほろ)を里ごと10人1年交替で徴発した。いわゆる飛騨工(ひだのたくみ)である。匠丁は木工寮や修理職に所属して工事を行った。


中国の租庸調

中国の租庸調は、北周に始まり、で完成した。以下は、唐における租庸調である。


均田制に基づく田地の支給に対して、粟(穀物)2石を納める義務を負った。これが租である。


律令においては、年間20日の労役の義務があり、それを免れるために収める税が庸であった。労役一日に対し絹3尺あるいは布3.75尺を収めることとされていた。


調

調は、絹2丈と綿3両を収めることとされていた。


関連項目

律令制

租税

雑徭

調布

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この「租庸調」は、日本の歴史に関連した書きかけ項目です。この記事を加筆・訂正などして下さる協力者を求めています(P:歴史/P:歴史学/PJ日本史)。
カテゴリ: 日本の律令制 | 奈良時代 | 中国の制度史 | 日本の税制史 | 歴史関連のスタブ項目 | 日本の歴史関連のスタブ項目

更新日時:2007年9月30日(日)11:27
取得日時:2008/08/21 02:58


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Mamenoki