特徴
英国の学者ディヴィッド・ベビントンは、「福音派は、四つの顕著な特徴によって、正統派と識別される」としている。
回心主義 個人的にイエス・キリストを受け入れる信仰によって変えられなければならない(ヨハネ3:7)。
行動主義 キリスト教信仰、特に福音伝道の実践。
聖書主義 霊的生活の中心としての聖書。
十字架中心主義 キリストの十字架とそれがもたらした幸いの強調。[14]
福音派(evangelical)のルーツは、ギリシャ語のε?αγγ?λιον(euangelion)、すなわち福音である。形容詞の場合「福音的」「福音主義的」となり、名詞の場合「福音派」「福音主義者」と訳される。[15] 教会史と神学からは、16世紀宗教改革にルーツを持つ。カトリック主義(教会主義的)に対する、福音主義的、福音主義者という呼称である。[16]
歴史的源流の一つは信仰復興運動、第一次大覚醒にあり、新生(ボーン・アゲイン、 ⇒Born again)の強調、キャンプ・ミーティングによる伝道活動、「(旧分類)教派」の枠を超えた「運動」であることなどの特徴が明白に継承されている。自覚的な回心の経験を持つ「新生した者のみが真のキリスト教徒」とし、伝統的主流派の信徒を「信仰の冷めた形だけのキリスト教徒」と規定する信仰は「福音主義の父」と呼ばれるジョージ・ホウィットフィールドに見ることが出来る。またジョン・ウェスレーは、イングランド国教会の会員たちが「半分だけしかクリスチャンでない」と考えていたという[17]。
フリードリヒ・シュライエルマッハーから始まるリベラルに抗して、福音主義同盟は1846年、9ヶ条からなる福音主義の信仰基準を確認した。また20世紀初頭にはキリスト教根本主義運動が起こった。さらに第二次世界大戦後の教界はエキュメニカル派(リベラル派)と福音派(聖書信仰派)に二分されている[18][19][20][21]。
西方教会
従来は単に福音書的なプロテスタントを指す語としても使用されてきた(定義1)。但し、今日福音主義の語が用いられる場合、福音派とエキュメニカル派で意味が異なっている。
現在では19世紀ごろドイツから始まったリベラリズムに対抗する立場として使われる事が多い。福音派に分類されない教派の中でも、考え方が保守的な者からリベラルな者までを幅広く含み、それにより教派内で反目しあっている場合もあるが、福音派は各教派を横断する「保守的な信仰者」の総称である。
メインライン(主流派)のプロテスタント教会のうちで保守的かつ伝統的な立場に立つ教会、教団、教派を指すこともあるが、その場合の含意は話者や文脈により微妙である。
「保守的」「伝統的」の語も文脈によっては、礼拝・神学において保守的ではあっても福音派と呼ばれるグループとは様々な点で見解を異にする者を指す場合に用いられている場合もあり、西方教会内で「保守的」と評される者がいたとしても、それがそのまま福音派と同義である訳では無い。
この語の示す概念はルター派・カルヴァン主義・聖公会などの教会史的な教派分類とは全く別の、神学潮流や礼拝スタイルの視点によるもので、互いの分類法同士に相関傾向がないものもある。
東方教会(正教会・東方諸教会)は神学的枠組みや歴史が西方教会とは多分に異なるため、福音派と自由主義神学といった議論の軸そのものが存在せず、従って「福音派」も「リベラル派」も存在しない。西方教会で福音派と言った場合には「保守的」「守旧的」との表現と共に語られる場合もあるが、東方教会の文脈で用いられる「保守派」は福音派とは全く別系統の概念である。「正教会は伝統的である」との言及がされる事は正教会内部からも多いが[22]、この場合の「伝統的」が指す概念・観念は西方教会における福音派の「保守的」が指す概念とは全く次元が異なる。
福音派では、リベラル神学に基づくエキュメニカル運動(世界教会合同運動)に対抗する福音派の組織の必要が訴えられていた[23]。1959年には、エキュメニカル派と福音派が分かれて、日本プロテスタント100周年記念行事を実行した。翌年の1960年に日本プロテスタント聖書信仰同盟が成立し、日本福音同盟の三創立会員の一つとなった。こうしてエキュメニカル派と福音派の分離が実現した。プロテスタントはエキュメニカル派と福音派の二つに分かれ、日本ではその区別が特に明確だといわれており[24]、日本キリスト教協議会系の日本基督教団等は、エキュメニズム(教会合同運動)であり、福音主義的ではないとされる[25]。