福知山市
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市の象徴


市章福知山市章福岡市章

現在の福知山市章は、1938年(昭和13年)12月に公募により二千点近くの中から選ばれ制定されたもので、「ふくちやま」の頭文字である「ふ」をカタカナにし、それを九つ並べて図案化されたものであり[4]、その図案はフ九」つまり「福」をこの市章は表している。1967年(昭和42年)に制定された福岡市の市章も同様の理由でカタカナの「フ」を九つ並べて図案化されており、その点に関しては共通点があるといえる。


ドッコちゃん

福知山市のイメージキャラクター。ゆるキャラ全国大会のテレビ番組にも参加歴あり(残念ながら予選落ち)。 ドッコちゃんのドッコとは、福知山音頭にたびたび繰り返される「ドッコイセ」という独特のフレーズから由来し、ドッコちゃんはその踊り子をモチーフにしたものである。更にこのドッコイセというフレーズはとは福知山城築城の際、その石垣を運んだ際の掛け声が由来とされている。


酒呑童子

「ドッコちゃん」と並ぶ福知山市のイメージキャラクター。赤鬼である。もともと大江山には酒呑童子が住んでいたとされる鬼伝説があり、商工イベントとしての「鬼まつり」などが開催されるなど、鬼は親しまれてきた。麓の大江町(合併前は自治体の町)では、鬼を核としたまちづくりが行われ、成田亨デザインの鬼像や、鬼瓦の回廊、鬼の博物館など鬼にまつわるものが多数存在する。酒呑童子は合併後も市のキャラクターに引き続がれた。


光秀くん、ひろこさん

福知山観光協会のイメージキャラクター。明智光秀とその正室である煕子がモデルとなっており、忍たま乱太郎の作者で知られる尼子騒兵衛がデザインしたものである。なお、毎年8月には、尼子騒兵衛が指南役を務める女性忍者「くの一」の全国大会「くの一武道大会丹波福知山の段」が、福知山城周辺で開催されている。


福知山市市民憲章「幸せを生きる」

福知山市民の合い言葉。なにげない日常を「幸せ“に”生きる」という、受動的で、結果を待ちながら日々過ごすのではなくて、「幸せ“を”生きる」という、能動的で、「ちょっとした幸せづくり」を自らがやってみようという気持ちで過ごすことにより、「幸せ」が連鎖し、まちいっぱいに「幸せ」がひろがるという愛言葉。憲章の本文には、福知山の四季や由良川などの自然が謳われ、いきいきとしてのびのびとしたふるさとを創り方が書かれている。 平成20年8月23日には、全国市民憲章 運動の第43回となる全国大会を、福知山市で開催。近畿地方では初の開催となり、手作りのまちづくり発表のほか、福知山出身のプロレスラー小橋建太 や、タレントの中澤裕子 からのふるさとへのメッセージ披露のほか、元環境大臣である小池百合子 と共に環境について考える機会を持ち、エコグッズとして、夜久野の漆で出来た箸と、大江町の和紙で出来た箸入れをセットにした特製マイ箸 を作成・販売するなど、充実した内容となった。


歴史


年表
戦国時代から江戸時代まで(1467年?1867年)


1579年(天正7年) - 明智光秀が丹波を平定(横山城攻略)する。

1580年(天正8年) - 福智山築城によりこの地を「福智山」と改める。

1600年(慶長5年) - 有馬豊氏によりが設置される(城下町はこの時代において形成されたと思われる)。以後、徳川幕府においての福知山藩明治時代府藩県三治制時の名称)となる。

明治から第二次世界大戦まで(1878年?1945年)


1871年(明治3年) - 廃藩置県により福知山県となる。

同年11月 豊岡県に統合される。

1876年(明治9年) - 豊岡県は兵庫県と京都府に分割統合、京都府天田郡となる。

1889年(明治22年) - 町村制により福知山町となる。

1898年(明治31年) - 旧陸軍歩兵第20連隊が駐屯開始をする。

1899年(明治32年)7月15日 - 福知山線柏原駅?福知南口駅開通により、大阪?福知山間全線が開通する。

1910年(明治43年)8月25日 - 山陰本線の園部駅?綾部駅開通により、京都駅?福知山駅全線が開通する。上記の1899年(明治32年)の大阪?福知山間全線開通とあわせて、福知山駅が市の中心駅として担うようになる。

1918年(大正7年)- 福知山町に曽我井村を編入する。

1936年(昭和11年) - 市制施行を念頭に庵我村・雀部村・下豊富村を編入する。

同年5月 - 初代福知山市長として高木半兵衛が就任する。

1937年(昭和12年)4月 - 市制施行により福知山市となる。当時の人口は3万2千人程度であった。

1938年(昭和13年)12月 - 公募により全国から集められた約2000点の作品の中から、福知山市市章が制定される。

1940年(昭和15年)6月 - 2代目市長として岸本熊太郎が就任する。

1942年(昭和17年)7月 - 3代目市長として田中庄太郎が就任する。

第二次大戦から昭和末期まで(1946年?1988年)


1946年(昭和21年)6月 - 4代目市長として竹内正夫が就任する。

1948年(昭和23年)3月10日 - 後に福知山名誉市民となる芦田均内閣総理大臣に就任する。

1949年(昭和24年)4月 - 上豊富村・下川口村・西中筋村を編入する。

1950年(昭和25年) - 旧国鉄福知山鉄道管理局(現西日本旅客鉄道福知山支社)を開設する。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Mamenoki