福岡県
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福岡県の歴史


名前の由来

福岡の地名は、かつて筑前国域を治めていた黒田氏の発祥の地である備前福岡に因むといわれている。


古代

福岡県は中国朝鮮半島に近いという地理的条件の影響を受け、古代から多くの歴史に富んでいる。

弥生時代稲作が日本で最初に伝来した地といわれている(ただし異説あり)。「魏志倭人伝」によれば現在の福岡市西区・前原市・糸島郡のあたりに伊都国が存在し、現在の福岡市博多区のあたりに奴国が存在したと伝えられている。奴国については、江戸時代に志賀島の農民により金印が発見され、実在が確認されている。また同書に書かれている中国の皇帝から「親魏倭王」の金印を授かった女王卑弥呼が統治した邪馬台国も福岡県に存在したとする説が唱えられているが、これについては近畿地方にあったとする説と真っ向から対立しており、いわゆる「邪馬台国論争」となっており現在も解明されていない(両説に含まれない他地域にあったとする研究者も少なからずいる)。

天智朝の初め頃(660年代の初め)に、白村江の戦い(はくすきのえのたたかい)に敗れ、新羅の連合軍が来襲するかも知れないとして九州の防備を固めるためや管轄のために大宰府が置かれた。大伴旅人山上憶良菅原道真が有名である。

日本の文献に記述される時代になると、筑紫国豊国があったようである。7世紀末に筑紫国は筑前国と筑後国に、豊国は豊前国豊後国に分割された。現在の福岡県の県域は律令制における筑前国・筑後国の全域と、豊前国の一部である。

869年 新羅海賊が博多湾に侵入。


1158年 平清盛大宰大弐となる。

1161年 平氏政権の樹立に向け、平清盛は博多に後の博多商人の基盤ともなる日本初の人工港湾「袖の湊」を建設し、日宋貿易を行う。


中世

1274年 元軍の襲来を受ける(文永の役)。いわゆる元寇

1281年 再び元軍の襲来を受ける(弘安の役)。

1587年 豊臣秀吉により博多の太閤町割が行われる。

1864年 八月十八日の政変により京都を追放され長州に逃れた三条実美ら五卿が、長州から福岡・太宰府に移される。(七卿落ち


近・現代

1871年 廃藩置県前日現在、現・福岡県域を統治していた藩は以下の各藩

福岡藩(支藩として秋月藩)・豊津藩(旧小倉藩、支藩として千束藩)・大分県の中津藩久留米藩柳河藩三池藩

7月14日、廃藩置県により、現在の県域にあたる以下の各県が発足。

筑前国:福岡県・秋月県

豊前国:小倉県・千束県・中津県

筑後国:久留米県・柳河県・三池県


11月14日、同一令制国の県同士を統合し、筑前国域が福岡県・豊前国域が小倉県・筑後国域が三潴県となる。


1876年

4月18日、小倉県を福岡県に編入。佐賀県を三潴県へ編入。

8月21日、旧小倉県域のうち、旧中津藩領域であった下毛郡(現・中津市)および宇佐郡(現・宇佐市)が大分県域に編入される。三潴県を福岡県へ編入し、同時に三潴県域のうち旧佐賀県域は長崎県へ編入。これにより、県境がほぼ確定。


1889年

4月1日、市町村制施行に伴い福岡市久留米市が市制施行。

12月11日、九州初の営業用鉄道路線として博多?千歳川(仮停車場)間開業。現在の鹿児島本線の一部。


1901年:日本初の近代的製鉄所である官営八幡製鉄所が遠賀郡八幡村(現在の北九州市八幡東区)に完成。

1942年:世界初の海底トンネルである関門鉄道トンネルが開通。当時の大里(だいり)駅と下関駅が結ばれ、同時に大里駅は門司駅、それまでの門司駅は門司港駅とそれぞれ改称された。

1945年太平洋戦争の戦局悪化により、現在の北九州市内にあたる各市や福岡市・久留米市・大牟田市などが空襲を受ける。小倉市原子爆弾の標的となるが、当日雲が多くかつ前日の八幡市への空襲による煙の影響もあり標的の目視確認が難しかった為投下を免れた(小倉に投下予定だった原子爆弾は長崎市に投下される)。敗戦後、板付飛行場(現在の福岡空港)などが米軍により接収され、県内各地に米軍キャンプが設営される。

1948年:第3回国民体育大会平和台陸上競技場などで開催。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Mamenoki