1901年(明治34)5月に幸徳秋水らによって日本初の無産政党である社会民主党が結党されたが、2日後に禁止処分を受けた。その後、西園寺公望内閣の成立によって弾圧がややゆるやかとなり、1906年1月に日本平民党と日本社会党があいついで結成され、この2つの党が同年2月に合同大会を開いて正式に日本社会党となった。これ以降、日本の社会民主主義政党は離合集散を繰り返すこととなる。戦後に結党された社会民主主義政党には以下のものがある。
日本社会党(1945-1996、戦前・中の無産政党各派が集まって結成された。旧議員は現在主として民主党、社会民主党、新社会党に所属)
英語名では"The Social Democratic Party of Japan"であり、社会主義インターナショナル加盟政党だった。しかし社会主義協会などのマルクス・レーニン主義を掲げ社会民主主義に否定的な最左派の勢力が存在し、修正マルクス主義的な左派社会民主主義を掲げる左派、民主社会主義的な右派社会民主主義を掲げる中間派、右派と激しい路線対立が続いた。1966年から1986年までは綱領的文書「日本における社会主義への道」(通称「道」)にてプロレタリア独裁を肯定して、共産主義政党と類似した綱領を持ち、事実上、社会民主主義を放棄していた。ただし、この時期の社会党を日本型社会民主主義と呼び、広い意味では社会民主主義に属するとする見解もある。
この傾向に反発した右派や構造改革派の一部が離党し、下記の民社党・社会民主連合の2政党が結成された。
民社党(1959-1994、旧議員は現在主として民主党に所属しているほか、一部は自由民主党に所属)
西尾末広ら社会党右派が離党して民主社会党として結成。1968年に民社党に改名。社会主義インターナショナル加盟政党。反共を鮮明にし、安保体制維持、防衛費増額を主張した。1994年新進党結成に伴い解散した。
社会民主連合(社民連1977-1994、旧議員は現在主として民主党に所属しているほか、一部は下記の社会民主党に所属)
江田三郎ら社会党右派が離党して結成。当初は社会市民連合と称していた。国会においては常に小政党として推移したが、社会党、公明党、民社党の反自民・非共産野党の連携により政権獲得を目指す社公民路線の橋渡し役として大きな役割を果たした。解党後、所属議員は日本新党、新党さきがけ等に分散した。
社会民主党(社民党1996-)
日本社会党の後継政党で、現在、日本の政党としては唯一の社会主義インターナショナル加盟政党。多数の議員が民主党に移籍したため、国会では小勢力として推移している。
民主党の中にも旧社会党議員、旧民社党議員を中心に社会主義インターへの加盟を目指す動きがあるものの、多数派には至っていない。
脚注^ ⇒大原クロニカ - オスロ宣言
関連項目
民主社会主義
バーナード・ショウ
フェビアン協会
日本社会党
社会民主党
日本型社会民主主義
社会主義
修正主義
中道左派
リベラリズム
混合経済
福祉国家
第三の道
社会民主党 (曖昧さ回避)
社会党
社会主義インターナショナル
北欧の政治
社会改良主義
社会自由主義
外部リンク
⇒社会民主党(日本) (SDP)