社会学の成立と実証主義の展開オーギュスト・コント
社会学([仏] sociologie = [羅] socius + [希] logos)なる用語は、フランス革命後の混乱と動乱に満ちた初期近代フランスを生きたオーギュスト・コントによって作られた。コントは、当時の産業主義と合理主義を背景として、社会学とは、「秩序と進歩」に寄与する「社会物理学」であって、歴史学、心理学、経済学を統合する実証主義的な科学的研究でなければならないとした。
このコントの思想は、その師であるサン・シモンに遡る。すなわち、サン・シモンは、自然科学の方法を用いて社会的世界を全体的かつ統一的に説明する「社会生理学」の樹立を企て、それをコントが引き継いだのである。
コントらの発想は、ジョン・スチュアート・ミル、ハーバート・スペンサーなどに受け継がれ、実証主義の体系化がはかられていった。たとえば、スペンサーは、彼独自の進化論に基づいて、有機体システムとのアナロジーによって社会を超有機的「システム」と捉え、後の社会システム理論の先駆となる研究を行なった。
古典的理論の形成エミール・デュルケームゲオルク・ジンメル
19世紀末から20世紀にかけて、カール・マルクス、マックス・ウェーバー、エミール・デュルケーム、ゲオルク・ジンメル、ヴィルフレド・パレートらが相次いで研究著作を発表した。その方法論、キー概念などがその後の社会学に受け継がれることになる。
たとえば、実証主義の伝統を引き継いだデュルケムの方法論的集合主義、社会実在論と、主にウェーバーによる方法論的個人主義、社会唯名論との対立は、後に、「社会システムの社会学」(マクロ社会学)と「社会的行為の社会学」(ミクロ社会学)といったかたちで引き継がれていく。
また、社会学の認識については、価値自由のルールにのっとったものであるべきか、それとも「精神科学」の伝統に準拠した人文学的性格のものであるべきかという、実証主義と反実証主義の対立が生まれたが、これも後に、たとえば、批判理論と構造主義的マルクス主義のアプローチといったかたちで繰り返されることになる。
他方で、ジンメルは、後のシンボリック相互作用論につながる形式社会学と生の哲学(生の社会学)の視点から、ミクロ/マクロの枠組みからは離れた関係論的定式化を行なった。
シカゴ学派の誕生G.H.ミード
詳細はシカゴ学派 (社会学)を参照
20世紀初頭まではヨーロッパが社会学の主流を成していたが、第一次世界大戦後にはアメリカ合衆国において顕著な展開を見せ、やがて社会学研究の中心として発展を遂げていくことになった。
アメリカ社会学が社会学研究の中心的地位を築き上げていく背景には、19世紀末から20世紀初頭にかけての急激な経済・社会の変化があった。南北戦争から第一次世界大戦へ至る半世紀の間にアメリカ産業は急ピッチな発展を遂げ、それに伴って都市化が進行し、民衆の生活様式も大きく変わっていった。このような大きく変貌を遂げるアメリカ社会の実態を捉えることが、社会学の課題として要請されるようになっていったのである。
当初アメリカの社会学は、1893年に創設されたシカゴ大学を中心に、人種・移民をめぐる問題、犯罪、非行、労働問題、地域的コミュニティの変貌などの現象的な側面を実証的に解明する社会心理学や都市社会学が興隆していった。アルビオン・スモール、ウィリアム・トマス、ジョージ・ハーバード・ミード、ロバート・パーク、アーネスト・バージェス、ルイス・ワースら、有能な研究者たちの活躍によって、1920?30年代にシカゴ大学は、アメリカの学会において強い影響力を及ぼすようになり、シカゴ学派と呼ばれる有力な研究者グループを形成するまでになった。
ヨーロッパの社会学は観念的・方法論的側面を重視する傾向が強かったが、アメリカ社会学は現実の問題を解決する方向性を示すという実践的側面が強い。それは有用性を重視するプラグマティズムの精神的な伝統によるところが大きく、また、前述のような社会的要請もあって、地域社会や家族などの具体的な対象を研究する個別科学としての傾向を持つようになった。
詳細は機能主義 (社会学)を参照
第二次大戦後のアメリカにおいて、タルコット・パーソンズやロバート・キング・マートンらによる機能主義が提唱され、社会学全体に大きな影響を及ぼした。特にパーソンズの社会システム論は、社会学における統一理論を築き上げる意図を持って提起され、多くの社会学者に影響を与え、20世紀半ばにおける「主流を成す見解」と目されるに至った。