社会保険庁の所掌事務である政府管掌健康保険事業の運営については、2006年「健康保険法等の一部を改正する法律」が国会で可決成立し、2008年8月に自主自立の事業運営にするために、非公務員型の法人「全国健康保険協会」を設立することとなった。また、船員保険については、労働保険と全国健康保険協会に移管することとなった。
年金事業の運営については、納付率の低下により国民年金制度の仕組みが破綻してきているとの声がある中で、年金保険料の無駄づかいや個人情報を業務外の目的で閲覧し外部に情報を流す行為、年金保険料の不正免除等の不祥事などが、国民の社会保険庁や職員への不信を招き、信頼回復に向けて組織改革、業務改革、職員の意識改革が求められている。
同庁の人事システムは、要職を厚生労働省キャリア組がおさえ、中間管理職を同庁採用のノンキャリア職員が占め、現場は、かつて地方事務官と呼ばれ各都道府県知事の監督下にあった職員からの移行者が運営するという、独特な三層構造となっている。
以下に述べる数々の不祥事、特に横領事件については舛添要一厚生労働大臣も、「関係者は、全員刑事告発されるべきであり、牢屋に入ってもらいます。」と述べている。但し、多くの横領事件は刑事事件における横領事件は7年という公訴時効の壁があり告発を断念した。これについて時効は分かっていたはずだとして野党より非難された。
2004年3月、国民年金保険料未納情報に関する個人情報の漏洩が疑われる事例(政治家の年金未納問題)が報道されたのをきっかけに、社会保険庁のずさんな業務運営が次々と発覚した。同年7月、約300名の職員が未納情報等の業務目的外閲覧を行っていたことが判明し、行為者及び管理監督者の合計513名の職員が処分された。同年9月には、社会保険庁の幹部職員が収賄罪で逮捕され、国民の信頼を著しく損ねる結果となった。
通常国会における年金改正法案の審議やマスコミの報道等においては、「利用者の立場や目線に立っていない」「個人情報保護の重要性について十分に認識していない」「国民が納めた保険料や税金を保険給付以外に安易に使っている」等が指摘され、社会保険庁の組織の体質や、職員の倫理意識が問われた。ただし、事務費に保険料を充てていたことに関しては、各年度の予算及びその根拠となる特例法で定められた仕組みであり、いわゆる「保険料の流用問題」といわれる「流用」が社会保険庁の不祥事であるかのような報道は完全な誤りである。「保険料の流用問題」と社会保険庁の使途内容が適切か不適切かといった議論は、次元の異なる性質のものである点に留意する必要がある。
2006年5月、全国各地の社会保険事務所が、国民年金保険料の不正免除(法令等に違反する事務処理)を行っていたのが発覚した。調査の度にその数は増え続け、最終的に不正免除は222,587件に達し、行政組織としての遵法意識やガバナンスが欠如していることを露呈させた。
2007年5月、社会保険庁のオンライン化した時のコンピュータ入力にミスや不備が多いことや基礎年金番号へ未統合のままの年金番号が多いことが明らかなった。国会やマスコミにおいては、年金記録のずさんな管理が批判された。
また、社会保険庁のオンライン化計画に対して、労働組合が「中央集権化の支配機構を強め、独占資本のための合理化である。」として反対していたことや、実施に伴い労働強化を生じさせないとの覚書[1]を取り交わしていたことが問題視された。(詳しくは全国社会保険職員労働組合へ)
2007年8月10日、愛知県内の8ヵ所の社会保険事務所が、健康保険や厚生年金の保険料を滞納した事業所に対して課される延滞金を、不正に減額していた。総額は少なくとも約6800万円にのぼるとされた[2]。
関連項目
年金未納問題
公的年金流用問題
国民年金不正免除問題
年金記録問題
年金横領問題
全日本自治団体労働組合
新組織
2008年10月、社会保険庁から分離
健康保険の新たな保険者である「全国健康保険協会」(非公務員型公法人)
保険医療機関の指導監督等の部門(地方厚生局)
2010年1月、社会保険庁の業務を移行
公的年金の運営業務を担う「日本年金機構」(非公務員型公法人)
公的年金の財政責任・管理運営責任を担う部門(厚生労働省)
船員保険を労働保険と「全国健康保険協会」に移管し、社会保険庁は廃止。
経緯
2004年7月23日、損保ジャパンの副社長であった村瀬清司(むらせきよし)が、民間出身者としては初めて社会保険庁長官として就任した。
2004年8月3日、政府は年金制度改革の国会審議等を通じて、制度の実施庁である社会保険庁の事業運営の在り方について様々な指摘を受け、「社会保険庁の在り方に関する有識者会議(内閣官房長官主宰)」を設置した。