大砲はその形状・構造や用途・歴史的経緯等によって様々な分類がある。なお、やや銃との口径の差異が不明確な機関銃でも「砲」と名の付く種類の物も、他の大口径の機関砲に分類される事もあるため便宜的に記載する。
用途等による分類5"/54 caliber Mark 45 射撃の瞬間M198 howitzer 射撃の瞬間
用途、歴史的分類による種別は以下の通り
カノン砲 ( ⇒gun)
榴弾砲 ( ⇒howitzer)
迫撃砲 ( ⇒mortar)
臼砲 ( ⇒mortar)
無反動砲 ( ⇒recoilless rifle)
ロケット砲 ( ⇒rocket launcher)
歩兵砲 ( ⇒infantry gun)
野砲 ( ⇒field howitzer)
対戦車砲 ( ⇒anti tank gun)
対空砲 ( ⇒anti aircraft gun)
高射砲
機関砲 ( ⇒Autocannon)
ガトリング砲
チェーンガン
戦車砲 ( ⇒tank gun)
山砲 ( ⇒mountain gun)
列車砲 ( ⇒Railway gun)
クルップ砲
海軍砲
速射砲
原子砲
構造による分類
ライフル砲砲身の内側の螺旋条により、砲弾の飛翔時に回転を加えることによって、弾道の安定を図る方式の砲
滑腔砲砲身の内側が滑らかになっている砲、初速が高いのが特徴
ゲルリッヒ砲砲尾から砲口にかけて口径が小さくなってゆく砲。口径漸減砲とも呼ばれる
多薬室砲(その形状からムカデ砲とも呼ばれる)通常は尾栓側に入れられた装薬の力によって砲弾を発射する所を、複数の薬室を設け段階的に加速する事で射程距離の延長などを目指した砲
イブン・ハルドゥーンをはじめとした複数の歴史家が、13世紀のマグリブ地方で大砲が使われたと著述している。
大砲の初期の歴史においてこれを効果的に使って大きな成功を収めたのは、オスマン帝国が有名である。1453年のコンスタンティノポリス包囲戦では、オスマン帝国のメフメト2世が大砲(ウルバン砲)を採用して戦果を上げた。
1494年にシャルル8世は牽引可能な車輪付砲架を備えた大砲を引き連れてイタリアに侵入し、旧来の高い城壁を簡単に粉砕したことで築城術の革命を誘発した。
1571年のレパントの海戦におけるスペインを中心とした連合軍による地中海の覇者オスマン帝国の撃破には、大砲の火力も大きく貢献した。
1588年のアルマダの海戦でイングランド(イギリス)は、射程の長く弾の再装填がしやすい軽砲を用いて重砲のスペイン無敵艦隊を撃破した。
ドイツ三十年戦争では、各勢力が野戦に適した牽引砲を使用し、ドイツの国土や都市を荒廃させた。スウェーデンの王グスタフ・アドルフは大砲の軽量化を推し進め、効果的に運用した。彼は、戦闘のみならず、戦争全体に革命を起こしたと言ってよい。
フランス革命でナポレオン・ボナパルトは、ヴァンデミエールの反乱の鎮圧のためにパリ市内で人員殺傷用の散弾を装填した大砲を使用し、多大な戦果を上げた。
逸話
ガリレオ・ガリレイは、大砲の弾道学を研究した。
世界最初のコンピュータのひとつであるENIACは火砲の弾道計算の目的で製作された。
楽器として用いられることもある。よく知られているものはチャイコフスキー作曲の「序曲1812年」だが、それ以前にベートーヴェンの「ウェリントンの勝利」にも使われている。