知的財産法
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その他の権利

回路配置利用権: 半導体回路配置を保護する。(半導体回路配置保護法・集積回路についての知的所有権に関する条約:IPIC条約)

育成者権: 種苗の品種を保護する。(種苗法UPOV条約

なお、日本や世界の法律や協定などで定められる広義の知的財産には、以下のようなものがある。

原産地表示・地理的表示(原産地等誤認惹起行為の禁止): ある商品の地理的原産地を特定する表示。(不正競争防止法第2条1項13号・TRIPS協定第22条)

インターネット上のドメイン名(不正にドメインを使用する行為の禁止): インターネットにおける識別情報。(不正競争防止法第2条1項12号・周知商標の保護規則に関する共同勧告「WIPO 勧告」)

商号権: 商人が名称を商号として利用する表示 (商法第14条・パリ条約)

肖像権(人格権): 肖像が持ちうる、人格権にかかわる権利。(憲法第13条・民法第710条)

肖像権(財産権): 肖像が持ちうる、財産権にかかわる権利。(東京高裁平成3年9月26日判決(判例時報1400号3頁)「おニャン子クラブ事件」)

周知表示(周知表示混同惹起行為の禁止): 需要者の間に広く認識されている商品等表示。(不正競争防止法第2条1項1号)

著名標識(著名表示冒用行為の禁止): 著名な商品等表示と同一若しくは類似の標識。(不正競争防止法第2条1項2号)

商品形態(商品形態模倣行為の禁止): 販売されてから3年以内の商品形態。(不正競争防止法第2条1項3号)

タイプフェース: デザインされた一連の文字の書体(タイプフェイスの保護及びその国際寄託に関するウィーン協定、ただし未発効)。日本では独創性と美的特性を備えた書体のみが、著作物として保護される(モリサワタイプフェイス事件)。また、フォントデータについては、プログラムの著作物として保護されうる。

営業秘密(営業秘密の保持・不正入手の禁止): 秘密として管理されている有用な技術・営業上の情報。(不正競争防止法第2条1項4〜9号・民法・刑法の不法行為)


以上は現在日本における制定法としての知的財産および知的財産権の適用であるが、以下のようにとらえることもできる。

知的財産のうち、一定の明確な法律的権利が認められているのが知的財産権であって部分集合である。知的財産として有益な発明発見であっても、特許権取得せず公知となった場合は知的財産権を与えられない。知的財産権にならない知的財産とは、公知となりまたは知的財産権が終了した知的財産、不正競争防止法の適用による不正表示・誤認表示による侵害が認められるもの、ノウハウ・ライセンス等または意図的に特許等に出願していない営業秘密と再定義できよう。上記では肖像権も知的財産に含める考えである。

また、現在日本ではコンピュータソフトウエアを著作財産権として保護するのが基本であり、場合によっては特許権でも保護するケースがある。半導体回路配置権は、知的財産基本法で明記されていないが、知的財産権として保護の対象となる。ただし、半導体回路配置権と同一の保護を、米国法では著作権法の一部の章で保護されているのに対して、日本では別途特別法で保護するなど、保護の根拠法が異なるケースがある。日本などほとんどの国の特許法では先願主義により、同一の内容の出願では先に出願した者に権利が発生するのに対し、米国とフィリピンでは先発明主義により、実際に発明した日が先の者に権利が発生するという違いもある。


知的財産権の始まり

知的財産の戦略とは、ごく最近の考え方なのではなく、本質的には遙か昔から形成されていた考え方である。つまり、製造方法の秘密と言えば分かりやすい。(これは、現在の日本で言うところの不正競争防止法で規定される「営業秘密」に相当する。)

例えば、紀元前2000〜1200年頃に存在した、ヒッタイト帝国という古代帝国では、当時全く知られていなかったの製法を知る唯一の国であった。ヒッタイトの鉄は極めて高価(金以上の価値)で交換されたと言われており、これらの取引が、ヒッタイト帝国に大きな富をもたらした。

同様な例として、古代から中国では、磁器や絹の製法が知られていた唯一の地域であった。これらの製法は、長い間秘密とされていたため、これらの産品を他の地域で産出することができなかった。当時の貿易においては、磁器や絹が、極めて高価で取り引きされ、この地域に大きな富をもたらした。

これは、古代ヒッタイト帝国の鉄の製造方法も、古代中国の磁器や絹の製法も、原始的な形ではあるが、国家戦略上、きわめて重要な知的財産であったことを意味している。このように、知的財産とは、本質的に「合理的な独占形態」を実現するための一手法である。

近代的な知的財産権の制度としては、ルネッサンス期のヴェネツィア共和国で誕生した特許制度が世界で最初の知的財産権制度と言われている。ガリレオがヴェネツィア公に懇願をし、その結果としてヴェネツィア共和国で、世界で最初の特許制度が公布されたと言われている[1]


近年の知的財産権についての動き


知的財産政策(ヤングレポート)

1980年代の世界貿易は、先進国、アジア地域の高い経済成長につれて順調に推移した。日本は特に1980年代前半の円安期に輸出を伸ばし、1986年には世界シェアが10.5%になり、米国と並ぶまでになった。

しかし、日本による米国への集中豪雨的な輸出のため、米国の輸出は伸び悩み、世界輸出市場に占める米国のシェアは11%台で低迷。1980年代を通して見ると、米国では輸入が急増し、1984年には貿易赤字が1,000億ドルを超え、米国の産業競争力は著しく低下した。

そこで、レーガン大統領は、1983年6月、ヒューレットパッカード社のジョン・ヤング社長を委員長に迎え、学界、業界の代表者からなる「産業競争力についての大統領委員会」を組織した。

ヤング委員長は、米国の競争力の低下を一年半にわたり広範に検討し、その結果を「地球規模の競争-新たな現実」と題する報告書として1985年1月25日に大統領に提出した。これが“ヤングレポート”として有名な報告書である。

報告の骨子は、「米国の技術力は依然として世界の最高水準にある」とした上で、それが製品貿易に反映されないのは、「各国の知的財産の保護が不十分なためである」と分析し、その回復のために、プロパテント政策を推進することを提言した。この提言と同様な政策は、その後の大統領通商政策アクションプラン(1985年9月)や、米国通商代表(USTR) の知的財産政策(1986年4月)などにも見いだすことができる。


日本における知的財産政策

1995年10月、国会は連立与党の共同提案に基づいて、科学技術基本法案を採択。日本が「キャッチアップの時代は終焉を迎え、フロントランナーの一員として、自ら未開の科学技術分野に挑戦し、創造性を最大限に発揮し、未来を切り開いて行かなければならない時機に差し掛かっている」として、「真に豊かな生活の実現のためには、科学技術創造立国を目指す」ことが必要であるとした。 また、1996年12月に、「21世紀の知的財産権を考える懇談会」(座長:有馬朗人)が、特許庁で開催された。これは、米国の国家戦略としてのプロパテント政策の推進等、近年の急激な環境変化に対して、21世紀に向けた日本の知的財産権のあり方を明らかにする目的で開かれたもの。1997年4月に、「21世紀の知的財産権の目指す方向」が発表された。

2001年10月から、経済産業省において、「産業競争力と知的財産を考える研究会」が開催され、2002年6月に報告書がまとめられた。

これらを受けて、2002年3月に内閣は、小泉総理主催の「知的財産戦略会議」を設置。同年7月に「知的財産戦略大綱」を発表し、政府では、知的財産立国をめざし、知的財産政策を推進することが明確化された。 同年12月に「知的財産基本法」が成立。この「知的財産基本法」の施行に伴い、知的財産戦略本部、およびその事務局である知的財産戦略推進事務局が設置された。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Mamenoki