皇族
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枢密院

明治21年(1888年)5月18日の勅命により、成年に達した親王は、枢密院の会議に班列(列席して議事に参加すること)する権利を有した。


貴族院

貴族院令により、成年に達した皇族の男子は自動的に貴族院における皇族議員となった。だが、皇族が政争に関与すべきではないこと、皇族は武官であったことから、皇族議員が貴族院の議席に着いたことは一度もなかった。


叙勲

皇族身位令(皇室令。既に廃止)によって、次の区分に従って叙勲された。

皇后勲一等宝冠章‐大婚の約がなったとき。

皇太子皇太孫大勲位菊花大綬章‐満7歳に達した後。

皇太子妃・皇太孫妃:勲一等宝冠章結婚の約がなったとき。

親王大勲位菊花大綬章‐満15歳に達した後。

親王妃勲一等宝冠章‐結婚の礼を行う当日。

内親王勲一等宝冠章‐満15歳に達した後。

勲一等旭日桐花大綬章‐満15歳に達した後。

王妃:勲二等宝冠章‐結婚の礼を行う当日。

女王:勲二等宝冠章‐満15歳に達した後。


任官

皇族身位令によって、次の区分に従って任官された。

皇太子・皇太孫‐満10歳に達した後に陸軍及び海軍武官

親王・王‐満18歳に達した後に、原則、陸軍又は海軍の武官。


皇族の裁判


民事訴訟

皇族相互間の民事訴訟については、特別裁判所として皇室裁判所が臨時に必要に応じて置かれ、これが管轄することになっていた。他方、皇族と人民臣民)の間の民事訴訟については、人民の皇族に対する民事訴訟の第一審と第二審が東京控訴院の管轄に属することとされたこと等の外は、一般の法令によるものとされた。


刑事訴訟

皇族の刑事訴訟については、軍法会議の裁判権に属するものを除く外は、大審院の管轄に属するものとされた。軍法会議の裁判権に属するものについては、高等軍法会議で審判された。


皇族の特権と義務

皇族男子は皇位継承資格を、親王妃王妃を除いた成年に達した皇族は摂政就任資格をもつ。

皇后・太皇太后・皇太后は陛下、それ以外の皇族は殿下敬称を称した(旧皇室典範17,18条)。

皇族は天皇の監督を受けた(旧皇室典範35条)。

皇族の後見人は、成年以上の皇族に限られた(旧皇室典範38条)。

皇族の結婚は、皇族同士か特に勅許を受けた華族との間に限られ、勅許を必要とした(旧皇室典範39,40条)。また、大正7年(1918年)11月28日皇室典範増補により、皇族女子は王公族(旧韓国皇室)に嫁することができた。

皇族の養子は禁止された(旧皇室典範42条)。

皇族の国外旅行には勅許を必要とした(旧皇室典範43条)。

皇族を勾引し、裁判所に召喚するには勅許を必要とした(旧皇室典範51条)。

皇族が品位を辱める行いをしたり、皇室に対して忠順を欠くときは勅旨を以って懲戒を受け、重い場合は皇族特権の停止、剥奪を受け、臣籍に降されることもあることになっていた(旧皇室典範52条・明治40年-1907年-2月11日皇室典範増補4条)。

王は、勅旨又は情願によって華族となることができた(臣籍降下)。また、勅許によって華族の家督を相続することや、家督相続の目的で華族の養子となることができた。(明治40年-1907年-2月11日皇室典範増補1,2条)

宮号を賜った皇族には、別当・家令・家扶・家従といった職員が附属された。また、武官である皇族には、皇族附武官(佐尉官)が附属された。

皇族は満6歳から満20歳まで普通教育を受けるものとされ、原則として学習院又は女子学習院で就学するものとされた(皇族就学令)。


皇族の班位

皇族の班位(順位)は、皇族身位令により、次の順序によるものとされた。
皇后

太皇太后

皇太后

皇太子

皇太子妃

皇太孫

皇太孫妃

親王親王妃内親王王妃女王

また、以上の順序の中でも細かな点については以下のようになっていた。

親王・王の班位は、皇位継承の順序に従う。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Mamenoki