皇族身位令によって、次の区分に従って任官された。
皇太子・皇太孫‐満10歳に達した後に陸軍及び海軍の武官。
親王・王‐満18歳に達した後に、原則、陸軍又は海軍の武官。
皇族相互間の民事訴訟については、特別裁判所として皇室裁判所が臨時に必要に応じて置かれ、これが管轄することになっていた。他方、皇族と人民(臣民)の間の民事訴訟については、人民の皇族に対する民事訴訟の第一審と第二審が東京控訴院の管轄に属することとされたこと等の外は、一般の法令によるものとされた。
皇族の刑事訴訟については、軍法会議の裁判権に属するものを除く外は、大審院の管轄に属するものとされた。軍法会議の裁判権に属するものについては、高等軍法会議で審判された。
皇族の特権と義務
皇族男子は皇位継承資格を、親王妃と王妃を除いた成年に達した皇族は摂政就任資格をもつ。
皇后・太皇太后・皇太后は陛下、それ以外の皇族は殿下の敬称を称した(旧皇室典範17,18条)。
皇族は天皇の監督を受けた(旧皇室典範35条)。
皇族の後見人は、成年以上の皇族に限られた(旧皇室典範38条)。
皇族の結婚は、皇族同士か特に勅許を受けた華族との間に限られ、勅許を必要とした(旧皇室典範39,40条)。また、大正7年(1918年)11月28日皇室典範増補により、皇族女子は王公族(旧韓国皇室)に嫁することができた。
皇族の養子は禁止された(旧皇室典範42条)。
皇族の国外旅行には勅許を必要とした(旧皇室典範43条)。
皇族を勾引し、裁判所に召喚するには勅許を必要とした(旧皇室典範51条)。
皇族が品位を辱める行いをしたり、皇室に対して忠順を欠くときは勅旨を以って懲戒を受け、重い場合は皇族特権の停止、剥奪を受け、臣籍に降されることもあることになっていた(旧皇室典範52条・明治40年-1907年-2月11日皇室典範増補4条)。
王は、勅旨又は情願によって華族となることができた(臣籍降下)。また、勅許によって華族の家督を相続することや、家督相続の目的で華族の養子となることができた。(明治40年-1907年-2月11日皇室典範増補1,2条)
宮号を賜った皇族には、別当・家令・家扶・家従といった職員が附属された。また、武官である皇族には、皇族附武官(佐尉官)が附属された。
皇族は満6歳から満20歳まで普通教育を受けるものとされ、原則として学習院又は女子学習院で就学するものとされた(皇族就学令)。
皇族の班位(順位)は、皇族身位令により、次の順序によるものとされた。
皇后
太皇太后
皇太后
皇太子
皇太子妃
皇太孫
皇太孫妃
親王・親王妃・内親王・王・王妃・女王
また、以上の順序の中でも細かな点については以下のようになっていた。
親王・王の班位は、皇位継承の順序に従う。
その順序は、以下のとおりである。
天皇の長子
天皇の長孫
その他の天皇の長子の子孫
天皇の次子及びその子孫
その他の天皇の子孫
天皇の兄弟及びその子孫
天皇の伯叔父及びその子孫
それ以上の皇族
以上においては、同等内では、嫡出子及びその子孫の系統を先にして、庶出の子(非嫡出子)及びその子孫の系統を後にする。また、嫡出子・庶出の子それぞれの中でも、先に生まれた者及びその子孫の系統を優先して、後に生まれた者及びその子孫の系統を後にする。(嫡庶長幼の順)
内親王・女王の班位は、親王・王の班位に準じる。
親王・王・内親王・女王で同順位にある者は、男を先にし、女を後にする。(男女の順)
親王妃・王妃の班位は、夫の次とする。内親王・女王であって親王妃・王妃となった者も例外としない。
故皇太子の妃の班位は、皇太子妃の次とし、故皇太孫の妃の班位は、皇太孫妃の次とする。
親王・王の寡妃(未亡人)の班位は、夫生存中と同じとする。
摂政に就任している親王・内親王・王・女王の班位は、皇太孫妃の次とする。但し、故皇太孫の妃があるときは、その次とする。
皇太子・皇太孫が皇位継承の順序を変えられたときは、その班位は、皇太孫妃の次とする。但し、故皇太孫の妃があるときはその次とし、摂政に就任している親王・内親王・王・女王があるときはその次とする。
親王・王が皇位継承の順序を変えられたときは、その班位は、順序変更前と同じとする。
本来は王であるが、旧皇室典範制定前に親王宣下を受けて親王となっている者(宣下親王)は、宣下された順序によって、王の上とする。
現在の法令では法律たる皇室典範によってその範囲を定められた、皇統に属する天皇の一族を皇族とする。皇族には天皇を含めず、天皇と皇族をあわせた全体を皇室という。皇族の構成員は、皇后・太皇太后・皇太后・親王・親王妃・内親王・王・王妃・女王である(皇室典範5条)。