国
厚生労働省国立高度専門医療センター、国立ハンセン病療養所など
国立病院機構
国立大学法人(国立大学附属病院)
労働者健康福祉機構(労災病院)
その他の国の機関防衛省(自衛隊病院、防衛医大病院)、法務省(医療刑務所、医療少年院)、宮内庁(宮内庁病院)、国立印刷局(国立印刷局東京病院)など
公的医療機関
都道府県
市区町村
地方独立行政法人公立大学法人(公立大学附属病院)など
日本赤十字社
済生会
北海道社会事業協会
厚生連(JA病院)
国民健康保険団体連合会
社会保険関係団体
全国社会保険協会連合会
厚生年金事業振興団
健康保険組合及びその連合会
船員保険会
共済組合及びその連合会国家公務員共済組合連合会、日本私立学校振興・共済事業団、警察共済組合など
国民健康保険組合
医療法人
医療法人
個人
個人
その他
公益法人社団法人、財団法人(警察病院は財団法人)
学校法人(私立大学附属病院)
社会福祉法人
医療生協
会社株式会社(JR各社、NTT東日本、日本郵政(逓信病院)、東芝、東急など)
その他の法人宗教法人など
(厚生労働省大臣官房統計情報部による医療施設調査の開設者分類による)
医療制度上の分類
医療法
公的医療機関
地域医療支援病院
特定機能病院
救急病院等を定める省令
救急指定病院
防災基本計画
基幹災害拠点病院(基幹災害拠点医療センター)
地域災害拠点病院(地域災害拠点医療センター)
医療行為とは古くから行われている伝統的な行為であるので、病院に関しても長い歴史の中では文化遺産となったものもある。メキシコのオスピシオ・カバーニャスやスペインのサン・パウ病院が良い例である。
サン・パウ病院
近代までは病院とは殆ど治療の場というより、感染症患者や精神病患者を隔離する、或いは貧しい患者に食事とベッドを提供すると言う役割の方が大きかった。そのため貧困層向けの病棟は常に定員オーバーであり、一つのベッドを数人が共有すると言う、現在では考えられないことも行われていた。
これに対し裕福な層は自宅で療養し、医師の往診を受け、メイドによる介護を受けていた。これと同等に近い環境を目指し、治癒を目的とした病院を提唱したのがフローレンス・ナイチンゲールである。彼女の提唱したナイチンゲール病棟は、二十数人程度の患者を一つの看護単位とし、限られた看護師しかいない状況でも出来るだけ手厚い看護と治療を受けられるようにしたものである。
20世紀に入ると、病院もモダニズム建築の影響を受ける。20世紀前半には、学校や拘置所・刑務所と言った施設と同じような設計思想で作られていた[1]。すなわち採光を良くする為に細長いフロアで中廊下型が多く、病室と並ぶ形でナースステーションが存在した。
20世紀も後半に入ると、アメリカ合衆国を中心に、病院に特化した設計思想が生まれてくる。ナースステーションから各病室への距離を縮めるためにフロアの中心に置き、さらにフロアの形状も円形や三角形、多角形などとして動線が工夫された。全室を個室や2人部屋以下とするのも、一つには動線の短縮のためである[2]。
日本でこうした設計思想が取り入れられ始めたのは1990年代からであるが、現在では大学病院などの改築の際には殆どこの設計思想が取り入れられている。
現在の日本では国民皆保険なので、病院で診てもらっても全治療費における負担率は最大3割なので負担にならないことが多い。