中心地の町田駅から1?2kmで農地が見られ、北西部や西部の小山田・小野路地区・相原・大戸地区は里山の面影が色濃く残る農業地域で、田畑が随所に有り、畜産業も営まれる。また。七国山 ⇒[2]等の野山も点在し、近隣の都市と比べ、土地の自然利用率が高く狸等の野生動物もいる。
しかし町田の東京へのアクセスが注目されると、不動産・住宅開発の進出も激しく、旧来の地形を省みない開発や建設がかえって町並みの調和を破壊している。水害時に備える洪水調整池を無理に埋め立てる手法には地元の反発も大きい。
隣接自治体
東 - 神奈川県川崎市麻生区、横浜市青葉区
北 - 東京都八王子市、多摩市
西 - 神奈川県相模原市
南 - 神奈川県大和市、横浜市緑区、瀬谷区
江戸時代まで
1335年、北条時行ら北条氏の残党が中先代の乱を起し、足利直義を撃破し更に鎌倉へ向けて進攻する。
19世紀、武蔵国の町田村から原町田村が分離。後に残った「本村」である町田村は本町田村に村名変更。
明治維新から第二次大戦まで
1867年、版籍奉還により韮山県に属する。
1871年、韮山県が廃止され、小田原県に属する。
1871年、小田原県の名称が足柄県に変更される。
1876年、足柄県が廃止され、神奈川県に属する。
1878年、郡区町村編制法により、南多摩郡に属する。
1889年、原町田村、本町田村等の村々が合併し、町田村(分離前と同じ)、鶴川村、忠生村、南村、堺村の5村となる。
1893年、町田市を含む多摩郡域(南多摩郡、北多摩郡、西多摩郡)が、神奈川県から東京府に移管される。
1913年、町田村(旧、本町田村・原町田村)が、町田町になる。(町制施行)
第二次大戦後
1954年、町田町と南村が合併。
1958年、町田町、鶴川村、忠生村、堺村の1町3村が合併、市制施行し、町田市となる。
1973年、多摩市と多摩ニュータウン区域界を境に境界変更。
2004年、神奈川県相模原市と境川を境に境界変更し、相模原市の左岸の一部が町田市に。当該地域の住民は神奈川県相模原市から東京都町田市に住民票が変更された。
2008年、市制施行50周年。
町田市と全国の年齢別人口分布図(比較)町田市の年齢・男女別人口分布図
■紫色は町田市
■緑色は日本全国■青色は男性
■赤色は女性
総務省統計局 / 国勢調査(2005年)
市長
初代:青山藤吉郎 (任期:1958年 - 1970年、3期)
第2代:大下勝正 (任期:1970年 - 1990年、5期)
第3代:寺田和雄 (任期:1990年3月9日 - 2006年3月8日、4期)
第4代:石阪丈一 (任期:2006年3月9日?2010年3月8日、現職)
定数は36人。任期は市長と同じく2006年3月9日?2010年3月8日である。
構成党派議席数
自由民主党7
公明党6
民主党5
日本共産党5
社会民主党1
町田・生活者ネットワーク1
無所属9
欠員2
財政
一般会計は1176億7519万8千円、特別会計は1206億9242万5千円、合計2383億6762万3千円となっている(2007年度当初予算)。
一般予算のうち約37%(約433億円)が民生費である。
経常収支比率は近年80%台後半で推移している。
実質公債費比率は6.7%(平成17年度)である。
広域行政
東京市町村総合事務組合 - 東京都の全市町村で、東京自治会館を運営する。
東京たま広域資源循環組合 - 多摩地域のあきる野市、奥多摩町、日の出町、檜原村を除く25市1町で、日の出町にある「二ツ塚廃棄物広域処分場」を運営している。
多摩ニュータウン環境組合 - 八王子、多摩、および本市の3市で、「多摩清掃工場」を運営している。