織機・紡績機の改良水力紡績機を開発したリチャード・アークライト
1733年ジョン・ケイが、織機の一部分である杼を改良した飛び杼を発明して織機が高速化された。これにより綿布生産の速度が向上したために、旧来の糸車を使った紡績では綿糸生産能力が需要に追いつかなくなった。そのため、1764年ハーグリーブスがジェニー紡績機を発明した。これは、従来の手挽車が1本ずつ糸を取る代わりに、8本(のちに16本に改良)の糸を同時につむぐことのできる多軸紡績機であった。
1769年リチャード・アークライトの水力紡績機を開発した。これは綿をローラーで引き延ばしてから撚りをかける機械で、ジェニー紡績機のように小形のものではなく、人間の力では動かない大形の機械であったので、水力を利用したものである。個人の住宅では使用できないため工場を設け、機械を据え付けて数百人の労働者を働かせて多量の綿糸を造り出すことに成功した。これにより、大量生産が可能になり、立地に制約がなくなったうえに紡糸作業に熟練した労働者が必要としなくなったため、失業を恐れる労働者や同業者などから妨害を受けた。この発明は、本格的な工場制機械工業のはじまりとなった。
そしてこれらの特徴を併せ持ったサミュエル・クロンプトンのミュール紡績機が1779年に誕生し、綿糸供給が改良される。すなわち、ジェニー紡績機の糸は細いが切れやすく、水力紡績機の糸は丈夫だが太かったため、細くて丈夫な糸をつくろうとしてうまれたのがミュール紡績機であった。ミュールとはラバのことで、要するにウマとロバの長所を採ったという意味である。
これらを受けてアメリカのエドモンド・カートライトが蒸気機関を動力とした力織機を1785年に発明し、さらに生産速度は上がった。
繊維業とならんでイギリス産業革命の推進役となったのが製鉄業である。イギリスでは既に16世紀頃から鉄製品に対する需要が高まっていたが、当時は製鉄には木炭を用いていたため、急速に成長する鉄需要に対応するうちに木材が深刻に不足し、17世紀にはロシアやスウェーデンから鉄を輸入する事態となっていた。
しかし18世紀に入り、コークス製鉄法がエイブラハム・ダービーによって開発されたことで状況は一変する。コークスは石炭から作られ、イギリスには石炭が豊富に存在したからである。その後更に改良が加えられ、19世紀始めには良質の鋼鉄も作られるようになった。
この様な鉄の需要は、はじめのうちは生活革命によって使用されるようになった軽工業製品によって牽引されたが、やがて産業革命が進むにつれて、工業機械や鉄道のためにさらなる鉄が必要となっていった。イギリスで作られた工業機械は、海外へ輸出され、ドイツなどの工業化を進めることとなった。
石炭の採掘が盛んになると、炭坑に溜まる地下水の処理が問題となった。こうした中、1712年にニューコメンによって蒸気機関を用いた排水ポンプが実用化された。
1785年、ワットが蒸気機関のエネルギーをピストン運動から円運動へ転換させることに成功、この蒸気機関の改良によって、様々な機械に蒸気機関が応用されるようになった。それまで工場は水力を利用するために川沿いに建設するほかなかったが、ワットが蒸気機関を改良したことによって、川を離れ都市近郊に工場を建設することが可能となった。これにより新興商工業都市は更なる成長を遂げるが、一方で過密による住環境の悪化を招くこととなる。
1807年のフルトンによって蒸気船が発明された。また1804年のトレビシックにより蒸気機関車が発明され、その後蒸気機関車はスチーブンソンによって改良された。
河川や既存の運河を利用できる蒸気船はともかく、蒸気機関車を利用するためには線路を敷設する必要があったため、その効果が現れるまで時間がかかったが1830年代後半になると鉄道網の整備が進み始め、1850年までには6000マイルの鉄道が開通した[3]。これらの移動手段の発達は「交通革命」と呼ばれる。
関連事項
ラッダイト運動
大量生産により物価が下がった反面、単純な労働が増えることによって非熟練工でも可能な労働環境が生み出され、劣悪な環境での労働といった労働問題、都市のスラム化による衛生面の悪化などの社会問題の発生が生じた。
産業革命により工場労働が一般化し、労働者階級が形成される事となった。階級意識に目覚めた労働者たちは第一回選挙法改正によって選挙権を与えられなかった事に反発し、参政権を求めてチャーティスト運動を展開した。
また資本主義の悪弊を是正しようとする社会主義が生まれたのもこの時代である。チャーティスト運動は結局失敗に終わったが、高まる労働者の要求に1867年第二回選挙法改正が行われ、都市の労働者に選挙権が与えられる事となった。
工業化による都市への労働力の集積で、各地で都市化が進行し、住環境の悪化、過密、治安の悪化などの新しい社会課題を生み出した。[4]
産業革命により極度に発展した資本主義は、金融資本と産業資本の融合した独占資本を生み出した。