窒素酸化物等による大気汚染、水の富栄養化に伴う様々な現象、重金属や農薬などによる土壌及び水系の汚染といった問題は、環境問題の典型的なものであり、健康などに与える影響も大きかった。
18世紀に始まった産業革命は、効率性や経済的利益の追求を重んじるものであり、鉱山開発を通した水質汚染や土壌汚染を世界各地で発生させ、工場の排気が多くの住民の健康を脅かす結果となった。こういった悪影響は、産業界への反発や圧力となり、経済が外部不経済や内部化を考え始めるきっかけとなった。産業界や政治に対して一定の権利や力を持つ住民は、汚染への実効性ある対策を強く要求し次第に解決されていくものの、そうした権利を持たない住民は、汚染を強いられたままであった。
19世紀から20世紀にかけて人権に関する考え方が変わってくると、環境汚染への対策は社会の中でも大きな課題となる一方、汚染の規模も拡大していった。ロンドンスモッグや水俣病、ボパール化学工場事故など、多数の死者を出す公害が続発し、産業界への圧力はいっそう高まった。
20世紀末になると、先進国の多くは環境汚染を法的規制によって抑えることに成功したが、新興国や開発途上国では、法的規制さえままならない地域もいまだに存在する。こういった地域間での対策の差異によって、越境汚染の問題も深刻化している。
従来から知られてきたものの他、21世紀に入ってからは新たな海洋汚染である海洋酸性化に関する話題が出始めている。これは二酸化炭素が海洋に溶けこむ事により海水が酸性化するというもので、進行すると有孔虫や翼足目等の石灰質の殻を持った海洋プランクトンの殻が溶けて減少するというものである。まだ科学的に詳しく解明されているわけではないが、溶解が起こるとすれば、深刻な場合そこから全生態系が総崩れになる可能性があるほどの脅威だとされる。
航空機の離着陸の際に出る大きな音は、空港や基地などの周辺では生活に支障が出るほどのレベルに達することがある。空港の用地取得問題との関連などから、空港で夜間の離着陸を制限するなどの対策は採られているが、基地周辺での騒音問題は沖縄などではいまだに深刻である。
また、地盤が弱く交通量が多い道路などの周辺では振動によって生活に影響が出たりすることがある。廃棄物の不適切な処理などによって悪臭の問題が発生することもある。
古くから、人類の活動に伴って、食料の余りやし尿をはじめとした廃棄物が発生し、その処分もさまざまな方法が試みられてきた。放置された廃棄物は悪臭などの衛生環境悪化を招くため、焼却や埋め立てといった衛生的な処理方法が次第に確立されていった。また、し尿などを処理して肥料として利用する手法も考え出された。
一方、資源の利用に伴う問題も古くから発生してきた。費用や労力の削減につながることから、建材の再利用などが比較的古くから行われ、生活の中で使用する物品を循環利用する試みも行われた。こういった循環利用の試みは、限られた資源を利用することを余儀なくされ、資源の不足が生活などに影響を与えないよう工夫されたものであった。
こういった中で、廃棄物処理や物品の循環利用が経済的な利益などと合致して成功を収める例もあれば、指導者の失策や非効率性などから廃棄物処理が軽んじられ、伝染病の流行を招く事態となった例もあった。
18世紀に始まった産業革命が世界中に波及すると、人口が急増し、生活様式も大幅に変化、廃棄物は増加し、資源の需要も増加する一方となった。廃棄物処理や資源の循環利用は規模が大きくなり、大型化による弊害も出始めた。また、放射性廃棄物や電子ごみなどの有害な廃棄物の問題が浮上、ごみ処分場の用地不足、不法投棄、ごみの海外輸出といった諸問題が表面化した。一方で、環境保護の観点から、ごみの削減や資源の循環利用を見直す動きも出始め、循環型社会を構築しようとする試みも行われるようになった。
近年になり、ごみの削減やさまざまな形態での再利用は、環境対策の筆頭に挙げられるようになった。ごみの排出量をゼロとするゼロ・エミッションは循環型社会の究極目標とされる。
自然保護については、世界自然保護基金や国際自然保護連合を始め大小さまざまな自然保護団体、個人の活動家などが活動を行っている。
開発前に環境アセスメントを行う手法や、自然保護区の設定などが積極的に進む一方、政治的あるいは経済的な理由などにより十分な保護が行われていないところもある。ただ、生きるのが精一杯で経済的な余裕がない貧困国もアフリカ地域など多くあり、それらの国からは環境保護以前に開発、国民生活の向上が必要との主張も根強い。
個人を中心として、ナショナルトラスト運動が展開されている地域もある。
一方で、ある特定の生物や自然だけを保護することによる問題が発生したり、エコテロリストなどの過剰な保護活動が問題となったりしている側面もある。
詳細は地球温暖化#地球温暖化対策を参照
1997年、京都にて「気候変動枠組条約第3回締結国会議」が開催された。ここでは京都議定書により二酸化炭素、メタン、フロンガスといった温室効果ガスの総排出量を削減することが取り決められた。削減目標は国ごとに割り当てられ、先進国全体で2012年までに1990年の総排出量から5.2%削減することが求められている。これは2050年までに総排出量を半減させるという長期目標に比べて微々たる量であるが、排出削減で合意したこと自体に一定の意味がある。京都議定書については、ロシアはいわゆる「ホットエア」の問題がある他、EUは東欧への技術導入でCO2削減が比較的容易であり、日本などは他国に比べて追加的にCO2を削減するのに大変費用がかかるとされる。
温暖化問題に理解のあったクリントン政権のアル・ゴア副大統領が選挙で敗れ、京都議定書から米国ブッシュ政権が離脱し、議定書の発効自体が危ぶまれた時期もあったが、ロシアが枠組みに入ることにより発効した。