現役時代
実は阪神に入団を打診され、仮契約でほぼ決まりかけていた。当時の新聞にも「優勝した甲子園のマウンドでまた投げられて光栄です」とコメントしている。が、当時の東京-大阪は移動に時間も掛かり、契約書を持参した阪神関係者が王の実家を訪れた前日に巨人と契約していた。また、これと逆の事が田宮謙次郎入団の時に起こっている。
背番号1については、中国語で「王」を「ワン」と発音することから、英語のoneにかけてつけられたという説もあるが、背番号そのものは、南村侑広の引退によってたまたま1が空いていたため、それを付けることになったというのが実情である。
1年目の成績は打率.161、7本塁打という期待からほど遠いものだったにも関わらず、2年目の年俸は推定140万円から160万円にアップした。これは練習の球拾い時に丁寧にボールの破れを修繕していたことを球団代表が評価したため。王はこの球団の評価に感銘し、以後現役引退するまで一度も契約更改でもめることはなかった。1974年の更改は2年連続三冠王にも関わらず現状維持であったが、それでも文句1つ言わずサインしている。
「乱闘が起きてもベンチでただ一人手を洗っていた」という逸話を残すほど争いを好まない王が、唯一乱闘の口火を切ったのは1968年9月18日の対阪神戦(甲子園球場)。阪神・ジーン・バッキーから危険球を投げつけられ、バットを持ってバッキーのもとに詰め寄った(ただし王自身はバッキーとは仲は良く、「おいおい」とたしなめる程度のつもりであったという)。その後、打撃コーチ・荒川博がバッキーと乱闘して退場となった。さらに交代した権藤正利の投球が王の頭を直撃。その後、同僚の長嶋が権藤のボールをレフトスタンドに叩き込み、事実上の報復を果たした話は有名(王も頭部陥没骨折の重傷を負っていたが接骨医の懸命の治療で大事には至らず2試合欠場しただけで復帰、復帰した試合では2本の本塁打を放っている)。なお、この事件で荒川と乱闘を演じたバッキーは指を骨折。投手生命を絶たれる原因となった。
本塁打を打っても大はしゃぎするようなことが無かったのは兄の鉄城の影響である。高校時代、本塁打を打ってホームベース上で喜ぶ王を見た鉄城は「打たれた相手のことを考えろ」と王を叱りつけた。以来、王は本塁打を打っても喜ぶそぶりをしなくなった、と言う(ただし、756号の際に「バンザイ」をしたり、1971年の日本シリーズ第3戦の逆転サヨナラ本塁打で手を叩き飛び跳ねたなどの「例外」はある)。
野球に対しては相当な頑固者だった。打撃が不調のとき他人から助言されても、「俺より打ってる人の言うことなら聞くけどね」と、たとえ相手が年長者でも聞き流していた。絶対的な存在である川上哲治監督の「そんな不安定な打ち型(一本足打法)は止めて、基本の二本足に戻したらどうか。君の力量なら充分四割も狙える」との提案に対し、一本足打法に絶対の自信を持つ王は断ったという。また、晩年の長嶋が周囲に打撃について聞き回っている姿を見て、「何であんなに才能のある人が簡単に人の言うことを聞くんだろう?打つのは自分なんだから、ほいほい人の話を聞き入れていたら、かえって選手生命を縮めるのでは」と不思議がっていたという。
足腰は非常に強く、一本足で立った状態で子供にぶら下がられてもびくともしなかった。しかし、腕力は弱く、腕相撲は巨人の野手の中では一番弱かったばかりか(この話は漫画「巨人の星」にも出てくる)、「東洋の魔女」と当時呼ばれていた女子バレー日本代表の選手たちにも負けてしまい、「王さん、手加減しないでくださいよ」と言われてしまったことがある。そのとき王は、「いや、これで精一杯なんですよ」と弁解した(巨人で一番腕相撲が弱かったのは投手の高橋一三。宿舎などで同僚にコロコロ負けてしまう王はその後必ずといっていいほど高橋を捕まえて腕相撲に勝って機嫌を直していたと言う)。
上手い打撃で相手側チーム選手が出塁すると「ナイスバッティング!」を声を掛け、相手側チームの打者であってもその技術を評価した。
空白の一日事件に対して、「江川の代わりに阪神に行く小林繁はトレードマネーとして1億でも2億でももらったらいい」と公言していた。
ファンサービスに熱心で大スターでありながらサインを断ったことがない。少年時代、巨人選手にサインを貰おうとするも、川上哲治などには見向きもされず、与那嶺要に貰えることができたそうで、その与那嶺の姿勢に王も倣っているという。世界記録のかかったときなど、サインを求める声は後をたたなかったらしいが、その時代のサインも寸分も崩れることなく、美しい書体で書かれていたという。
全米の野球ファンにもベーブ・ルース、ハンク・アーロンより多い868本の本塁打を打った「サダハル・オー」の名は知られている。第1回 ワールド・ベースボール・クラシックでは観客から日本チームの誰よりも大きな拍手と声援で迎えられ、日米野球ではサインや握手を求めるメジャーの選手が殺到するほどである。