設立からしばらくは、ボリス・エリツィンのロシアが安定しなかったこともあり、共同体としての連携は目立たず、その間に、新設国は概ね強大な権力を持った大統領が治める独裁国家となった。ベラルーシ、カザフスタン、タジキスタン、キルギス、アルメニアはロシアとの緊密な関係を保ち、5カ国で関税同盟を基礎にして、2000年10月ユーラシア経済共同体 (EurAsEC) を結成した。これに対し、グルジア、ウズベキスタン、ウクライナ、アゼルバイジャン、モルドバはロシアから距離を置く政策を採り、これら諸国の頭文字を採ってGUUAMと称される組織を形成した。
2000年にウラジーミル・プーチンがロシア大統領となると、周辺国との連携を強化しようと試みるが、2001年のアメリカ同時多発テロが発生したため、国内のテロ対策も踏まえ、対テロ戦争に同意してアフガニスタン戦争の為、ウズベキスタン・タジキスタンへのアメリカ軍駐留を黙認したが、中央アジアでのアメリカの覇権が強まると考えられた。
プーチンは2003年のイラク戦争には反対して米国と対立する。イラクのフセイン政権打倒を果たし、自信を付けたアメリカ政府は「世界民主化」と銘打って、西欧のNGOなどと共にCIS域内の民主化勢力の支援を行った。この結果、グルジア(バラ革命)、ウクライナ(オレンジ革命)、キルギス(チューリップ革命)で独裁政権が倒れて民主化された。しかし、米軍が駐留していたウズベキスタンでは、市民運動が革命に繋がらずに失敗、その結果アメリカはウズベキスタン大統領の怒りを買い、(アフガン作戦が一段落したこともあるが)同国から米軍を撤収させることとなった。
ウクライナやグルジアは北大西洋条約機構 (NATO) 加盟の意思を表明しているが、実現していない。以前よりCISへの嫌悪を隠さなかったグルジアは、2008年8月の南オセチア問題をきっかけとしてCISからの脱退を表明した。このときロシアはグルジアを爆撃・侵攻したが、CISはこれに対して声明を発せず、また各国も沈黙(賛成も反対もしない)を通している。
機構
国家元首会議
政府議長会議
外務相会議
国防相会議
国境軍司令官会議
CIS議会間総会
経済裁判所
加盟国
1991年発足時
ロシア
カザフスタン
タジキスタン
ウズベキスタン
キルギス
ベラルーシ
アルメニア
アゼルバイジャン
ウクライナ(客員参加国)
モルドバ(客員参加国)
トルクメニスタン(1994年に客員参加国へ移行)
1993年加盟
グルジア(2008年8月に脱退)
関連項目
集団安全保障条約
ロシア・ベラルーシ連邦国家創設条約
上海協力機構
コメコン
ワルシャワ条約機構
GUAM
EUN
EAEC
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⇒CIS公式サイト (ロシア語)(英語)
表・話・編・歴 独立国家共同体
加盟国アゼルバイジャン | アルメニア | ウズベキスタン | カザフスタン | キルギス | タジキスタン | ベラルーシ | ロシア
客員参加トルクメニスタン | ウクライナ | モルドバ
脱退国グルジア