熊谷市
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行政市役所本庁舎
歴代首長

代(旧市)氏名就任年月日退任年月日
初-2新井良作1933年4月1939年5月
3齋籐茂八1939年6月1942年4月
4矢島武男1942年4月1945年11月
5根岸忠1946年1月1947年3月
6-8鴨田宗一1947年14月1958年4月
9栗原正一1958年5月1962年5月
10-14黒田海之助1962年5月1982年5月
15-16増田敏男1982年5月1986年6月
17-20小林一夫1986年8月2002年8月
21富岡清2002年8月3日2005年9月30日
代(新市)氏名就任年月日退任年月日
初富岡清2005年11月6日現職

なお、2005年10月1日に平成の大合併により新しい熊谷市が誕生してから同年11月4日までの間は、旧大里町長である吉原文雄が市長職務執行者を務めた。
財政

2007年度(平成19年度)予算


一般会計 551億円
市税収入見込額 305億2,089万円(55.39%)国庫支出金 42億3,512万円(7.69%)市債 38億6,260万円(7.01%)

特別会計 401億8,000万円

2006年度(平成18年度)決算


一般会計
歳入決算額 594億5,084万円(うち市税収入 302億円)歳出決算額 552億9,407万円


市議会

議員定数は36人である。2007年4月30日までは合併特例が適用(旧江南町議を除く)されていて61人の議員が在籍していた。

議長 松本富男

副議長 礒?修

会派名議席数代表者
新政会10加賀?千秋
チーム熊谷再生9笠原秀雄
くまがや市民主義5山田忠之
日本共産党4林真佐子
市政クラブ3並木正一
公明党2三浦和一
民主党2加藤恒男


まちづくり
あつさ はればれ 熊谷流(あっぱれ!熊谷流)
熊谷は、快晴率が高く、夏の最高気温も高い傾向にあり、これを逆手にとって、街づくりに生かそうとする企画である ⇒[2]。元々は、後述のあついぞ!熊谷が単独で展開されていたが、2007年に、マスメディアによる取材も増え宣伝効果も高まっていた中、観測史上の日本最高気温の40.9℃が記録され、市民にも被害が出たため、「ヒートアイランド対策推進都市」を宣言、2008年度よりヒートアイランド対策にも力を入れることとなり、「あっぱれ!熊谷流」が生まれた。あついぞ!熊谷は、2006年度より開始している事業で、人の熱さにも繋げたまちづくりを目指し、市民などから企画を募集し、その支援を行う。後述の雪くまもその一環である。また、マスコットキャラクターとして「あつべえ」がある。立正大学と共にあついぞ.comを立ち上げた。ヒートアイランド対策は、舗装に遮熱性塗料を塗る、冷却ミストの設置、熱中病予防対策の発信などが予定されている。
さくらのまち
日本さくら名所100選に選ばれている荒川の熊谷桜堤で行われる「熊谷さくら祭」、熊谷運動公園陸上競技場をメインスタンドとする「熊谷さくらマラソン大会」を展開している。かつては熊谷青年会議所により「桜の大使」を任命し、さくらのまちとしてのPR活動が行われていたが、2000年台前半には応募者が少ないなど存続が危ぶまれていた状態であったためか、最近は行われていない。
ラグビータウン
市内の県営熊谷スポーツ文化公園内にラグビー場が設置されていて、各種大会が開かれている。また、2006年7月には「スポーツ熱中都市」を宣言した。
グライダー
葛和田地区(妻沼地区)の利根川河川敷には妻沼グライダー滑空場があり、日本学生航空連盟の関東地区における活動拠点として使われている。毎年グライダーフェスタを開催している。2006年はインターネットなどで広報した結果、昨年に比べ来場者が約2000人増えたという( ⇒飛べ!グライダー:熊谷市)。
熊谷市交通バリアフリー基本構想
2004年に彩の国まごころ国体が開催された後、第4回全国障害者スポーツ大会が開催された為、その準備・整備過程で、バリアフリーに対する意識が向上、研究がさかんとなった。その一環で実用に至ったのが、車いすでも交差点における歩道の段差を越えやすくした「熊谷UD(ユニバーサルデザイン)ブロック」である。2005年度 毎日・地方自治大賞優秀賞も受賞した( ⇒熊谷UD(ユニバーサルデザイン)ブロック:熊谷市)。
熊谷駅前防犯センター安心館
近年、市の玄関口といえる熊谷駅周辺は、犯罪・風俗店の進出などで治安が悪くなっていた。この対策として駅近くに熊谷駅前防犯センター安心館を設置、市民ボランティアによるパトロールを支援する。また、市立図書館分館を併設する事により、近辺に風俗店を出店できないようにした(県条例)。
迷惑喫煙対策
熊谷駅周辺・籠原駅周辺は、『 ⇒路上喫煙マナー条例』(2006年10月1日施行)により駅周辺での喫煙を禁止しており、代わりにエリア内には喫煙所がいくつかある。なお、マナー意識向上が目的であり、現地に係員を配置しての直接的指導は行なっていない。
ハートフルミーティング
市長は、ハートフルミーティングと称した、地域自治体(小学校学区域)単位で住民と直接話し合いをする機会を設けている。合併後は、妻沼・大里・江南地区でも行われた。
テクノグリーンセンター構想
産学連携などを目的として、県と一体化して進めていた事業。国道17号と市道「市役所通り」の交差点の一角、約7440m2の土地を取得(群馬銀行熊谷支店および老朽化が進んでいた市営駐車場の移転などで捻出)したが、その後、県側の財政状況の見直しなどから整備が半凍結状態となり、空き地だけが残されている。一時、半分を「熊谷コミュニティ広場」として整備し、フリーマーケットなどに使われていたが、現在一般貸し出しを停止している。また、転用について調査したところ ⇒[3]、15階程度のマンション・小規模ショッピングセンター程度しか需要が見込めないとの結果が出て、市は、厳しい状況としてさらなる検討を進めている。
都市宣言
「非核平和都市」「交通安全都市」「人権尊重都市」「スポーツ熱中都市」「ヒートアイランド対策推進都市」を宣言している。


平成の大合併

熊谷市は、(旧)熊谷市、大里郡妻沼町、大里郡大里町が平成の大合併の一例として、2005年10月1日に新たに合併してできた市である。さらに2007年2月13日には、大里郡江南町を編入した。
合併までの経緯

2001年、「大里はひとつ」を合言葉に市長小林一夫(当時)と深谷市長新井家光(現職)を中心に大里地域の合併について話し合いを始め、2002年7月には各町も参加し、任意合併研究会が設立されたものの、2003年3月には破談してしまった。理由は「新市の市役所の場所について熊谷市(熊谷市役所を活用)と深谷市(位置が新市の地理的中心となる熊谷市の籠原駅付近に新たに建設)で意見が分かれ、合併特例債の使い道に関して大きな隔たりがあるため」と報道されたが、2002年12月に旧熊谷市が行なった住民アンケートにおいて大里地区全体よりも1市3町(現在の熊谷市)での合併を望む回答が多かったことも影響した可能性もある。それに次ぐ形で翌月には熊谷市と深谷市それぞれが中心となって2つの法定の合併協議会が成立した。熊谷市側は「熊谷市・大里町・江南町・妻沼町合併協議会」であった。しかし2004年3月21日江南町の合併を問う住民投票で反対派多数という結果となり、同年5月31日合併協議会を解散した。翌日、「熊谷市・大里町・妻沼町合併協議会」を設立し、2005年10月1日に熊谷市・大里町・妻沼町が合併して新「熊谷市」の誕生となった。

一旦は離脱した江南町であったが、単独では厳しい状態にまで財政が緊迫していた。破綻・行政再建団体移行の可能性もあることが試算で出たため、危機感を募らせた町長及び合併推進派町議員(いずれも当時)を中心として、再び合併に向けて動き始めた。過半数の住民による合併賛成の署名も集まり、2006年1月30日、熊谷市へ合併協議の申し入れ、同年4月1日に「熊谷市・江南町合併協議会」を設置し、2007年2月13日に江南町が熊谷市に編入された。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Mamenoki