一年のうち最も日照が多い地域の一つである。加えて1990年代以降からは、市内に東京管区熊谷地方気象台があるため、夏季におけるその気温の高さが全国的に知られるようになった。これは、海風に乗り北上してくる東京都心のヒートアイランド現象により暖められた熱風と、フェーン現象によって暖められた秩父山地からの熱風が、一般的に日中の最高気温となる午後2時過ぎに同市の上空付近で交差するためだと考えられており、「熱風の交差点」と呼ばれることもある。なお、これまでに同市で観測された最高気温は2007年8月16日14時42分に観測された40.9℃であり、これは日本国内で観測された中では同日に記録した岐阜県多治見市と並び最も高い値である。また、市ではこの暑さをまちづくりに利用すべく「あついぞ!熊谷」熊谷新時代まちづくり事業が展開されている。詳細は後述。
冬場においては、冷たく強い北風(赤城おろし)が吹く日が多い一方で、降雪が観測される日数は関東の中でも少ない部類に入る。北関東の山間部において雪を降らせる雲が、利根川を越えて当市まで到達することがあまりなく(利根川対岸の太田市・大泉町などで降雪が観測されているにもかかわらず熊谷では観測されないなど)、また東京方面において雪を降らせる南の雲も熊谷まで到達することはあまりない(隣接する行田市・鴻巣市では積雪が観測されているが、熊谷では降雪すら観測されないなど)。近年では温暖化の傾向により関東平野部で大雪になる日が少ないので、より顕著にその傾向が表れている。
年間の平均気温は14.6℃、平均降水量は1243.2mm、平均風速は2.4m/s、平均日照時間は2007.2時間である(1971年から2000年までの平年値)。
また、1917年6月29日の午後5時頃、当時の長井村では直径29.6cm(七寸八分。大正寺の住職が計測。単純計算すれば23.6cmだが、1尺を37.9cmとする鯨尺を用いたと言われる)、中条村今井地区では重さ3.4kg(九百匁。荒物商の角屋の主人が匁の天秤で計測)もの巨大な雹(ひょう)が降った[1]。これは当時の熊谷測候所の調査によるもので、今まで観測された中では世界一の大きさであるとされる[2]。
埼玉県の北部、荒川扇状地の東端に位置し、県庁所在地であるさいたま市から北北西約45km、東京都心からから北西約60kmの距離にある。市域の約3分の2が北端の利根川と南側の荒川とに挟まれた地域であり、ほか約3分の1が荒川の南側に、残りの一部が利根川の北側にも及ぶ。このうち荒川の北岸に接する地域に中心市街地がある。そのほとんどが荒川や利根川によって形成された沖積平野であり、豊かな自然や肥沃な大地、また豊富な地下水を有する。但し、荒川以南の一部地域は比企丘陵に含まれる。また、市内からは西に秩父山地を、北に赤城山を仰ぐ。市内最高地点は三ヶ尻観音山の標高83.3m。
また、市内久下付近を流れる元荒川には環境庁(現環境省)のレッドデータブックで絶滅危惧種に指定されたムサシトミヨの世界唯一[3]とみられている生息地があり、市内の小中学校の児童や生徒などによって保護・繁殖活動が行われている。2008年に生息地が平成の名水百選に認定される。ムサシトミヨは埼玉県の天然記念物ならびに県の魚として指定されている。
また、熊谷市の水道水は他の同規模の都市と比較して味が良いことで知られる。厚生省(現:厚生労働省)の「おいしい水研究会」が行った調査によると、熊谷市は国内において水道水がおいしい都市32のうちのひとつに数えられている[4]。これは、市内に供給されている水道水の約7割[5]が市内の井戸より汲み上げられた水であるために塩素化合物による消毒が軽度で済むこと、地下水がミネラル分を多く含み、比較的硬水に近いことなどが理由として挙げられる。なお、市の水道庁舎(東部浄水場)では、地下水の原水「蓮生の泉」を試飲することができる[6]。
地名の由来[7]
熊谷という地名のおこりには諸説ある。いずれの説も、平安時代後期には既に地名となっていたと推測される。
熊谷直貞(当時の平直貞。熊谷次郎直実の父)が、この地域に存在した熊を退治したことによるもの。
但し、直貞が熊谷氏の姓を名乗るようになったのは熊谷が地名となった後のことである。
神谷(くまけや)より。高城明神の鎮座によるもの。
曲谷(くまがい)より。この地域において荒川が大きく蛇行し、曲がりくねっていたことによるもの。
古代の武蔵国大里郡郡家郷(「ぐうけごう」、久下・佐谷田付近) 、楊井郷(「やぎいごう」、 御正・吉岡・大麻生付近)の地である。古代から近世にかけての熊谷市域は上記の大里郡の他、幡羅郡、埼玉郡、男衾郡に及ぶ。
平安時代、親王任国制度により桓武平氏高望王の子である村岡五郎(平良文)がこの地(武蔵国村岡)に下向、地元豪族と通じて土着し坂東平氏に代表される関東の平氏(三浦氏、千葉氏、秩父氏、鎌倉氏、大掾氏、中村氏、梶原氏、長尾氏、眞田氏、土肥氏、土屋氏、梶原氏、長江氏、大庭氏、村岡氏、俣野氏、畠山氏、河越氏、江戸氏、豊島氏、葛西氏、稲毛氏、渋谷氏など)の祖となったという説がある(ただし諸説あり)。
中世には熊谷氏を始め、久下氏や奈良氏など多くの武士団が興った。